私の読書法…その3

私は、幼少期の頃から本は友達でした。
ある人との出会いで、その後の人生が変わることがあるように、本との出会いが、人生観を変えてくれました。

最近では、ネットの発達により、いろんな人が自分の人生や人生観をブログやSNSなどで語っています。
そのことが自分の生き方を考えるきっかけになること、勇気をもらうこともあると思います。

なので、移転が決まったということではなく、決める過程や苦労を、リアルに一緒に感じられるような内容をブログで書こうと思ったのです。
なぜなら、移転しようと思ってから、いろんな今まで出なかったようなインチャとも向き合うようになりましたし、自分の出来ること、出来ないことがさらにわかるようになってきたり…
また家探しは、今後仕事をどうしていくのか、したいのか、どう生きていきたいのか…そいう言ったことに直接結びついているのだな…と思ったからです。

本当に納得のできる住まいをみつけることは、本当に骨が折れることです。
しかし、そこをめんどくさいと思うだけではなく、その面倒なことを将来の自分のために、ちゃんとやってあげることは、自分を大切にすることなのだ…ということに気が付いたのです。

考えてみると、私はなにかを選択するときに、今までこんなに丁寧に、考えたことは無かったと思います。
ある程度は調べますが、ある程度調べたら、あとは直観で「これ」みたいに決めていました。
しかし、その直感をさらに検証する…という作業をしてきませんでした。

それでも、今までのやり方でも、自分の責任できめた実感があるので、後悔はしていませんし、それなりに、良かったと思っています。でも、さらに検証する…ということをしていたら、もっと大切に思えたかもしれないなとも感じました。
うまく言えないけど、もっと深みのある人生になっていたような気がするのです。
う~ん、若い時は、勢いで行って、失敗して、乗り越えて…で、それでよかったのだけど、これからはそうではない、やり方もできるようになりたい…という感じの方がしっくりくるかな?
これからはもっと深みのある味わいある人生にしていきたいというか…

ということで、私にとって本というのは、架空ではあるかもしれないけど、人の人生を聞いているような、そんな感じなのです。
そして、それを手本にやってみて、学んだことはたくさんあったし、自分の固定観念を変える手掛かりにもなったのです。
わたしの日々の生き方が、もしかしたら誰かのいい刺激になるかもしれない。
半面教師になるかもしれない。(それも学びです)
いろいろ考えるきっかけになるかもしれない。

なので、新居探しを通して感じたことも書いていきたいと思います。

  
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私の読書法…その2

小学生のころの私は、とても大人しく、いるかいないかわからないくらいでした。
クラスでもあまり印象の残らないタイプです。
転校も多く、どちらかというと仲間外れになるので、好きな人でグループをつくるときは、最後にあぶれ、先生が「ここに入れて」みたいな感じになります。
妙にまじめで、責任感の強い私は、同級生から敬遠されることが多かったです。
朗らかな人気のある子がうらやましかったです。

そんな感じだったので、本は最高の友でした。
一緒に冒険したり、泣いたり、悲しんだり、怒ったり…いろんな経験をしました。
そして、いろんなことを教わりました。
本はどこでも一緒です。
そして、その場所が、海やジャングルや様々な国、時代になります。
苦境に陥ったときに、わたしは本に出てきた登場人物になります。
「彼だったら、彼女だったら、どうするだろう?」
好きな主人公をまねしているうちに、その経験が自分のものとなっていきます。

私にとって本は、その場限りの知識ではありません。
現実の生活に活かすことのできる知恵の宝庫なのです。
自分ひとりが経験できることは限られています。
でも、本を通して、様々なことが経験できます。
いろんな人生を生きることができます。

続く


  

わたしの読書法…その1

ブログで、移転しますって書いたら、「もう、どこか決まったのですか?」と聞かれました。
ごめんなさい。移転するつもり…だけで、なにも決まっていません。
探してはいるけど、1か月先なのか、1年たっても、まだこのままいるのか…。
全くめどがついていないのです。

私の場合、なにごともそうなのだけど、「結果発表」ではなく、「決意発表」なんですよね。
で「○○したいと思う」などどあまっちょろいことを言っていても、上手くいかないって現実も知っている。
できればやりたい…などと言っているうちは、できないのだ!
なので、「○○します」と宣言してしまうんです。
そうでもしないと、わたしのやりたくない意識はとても強情なので、うだうだと下準備ばかりずっとやっていて、動かないのです。
周りに宣言し、お尻を決め、自分にプレッシャーをかけることで、なんとかつじつまを合わせてきました。
はじめは無理だと思うことも、まわりから、絶対無理と相手にされないことも、自分の努力でなんとかなることであれば。不思議とできてしまうのです。
始め宣言したときは、あーだこーあだと皆さんに注目されます。
それもやらないとまずい…というモチベーションになりますが、それが長引くと、すっかり忘れられてしまいます。
それでも自分は忘れずに、ずっとコツコツとやり続けていけば、なんとかなってしまうのです。
大切なのは、自分の気持ち。
アニメや漫画でおなじみの「ワンピース」のセリフ『俺は海賊王になる!』っていうあの感じです。
天涯孤独のどちらかというと弱虫な子供の宣言が、いつかほんとうに賞金首をかけられるほどの、大物海賊になっていきます。




そうルフィーのように宣言して、そして行動するのです。

海賊王になったときに役に立つ思えば、なんでもうやってみる…という心意気。
未来の自分を信じるということの強さ。
そんな生き方をルフィーから学びました。

続く

禅の中にある、自分を大切にする生き方

くるりんは今年、移転を考えています。
昨年から、いろいろ考えを巡らせながら、次の住まいをさがしています。
どこに住まうのか…を考えることは、「さてこれから私は、どう生きたいのかな?」ということと向き合うことにもなる…ということが少しずつわかってきました。

どう仕事をしていきたいのか?
どんな服を着ていきたいのか?
どんな風に暮らしていきたいのか?
どんな人と、どんな関係を築いていきたいのか?

いろんな間取りと向き合ううちに、少しずつ自分が見えてくる感じです。

そんなときに、ある映画を観ました。
安泰時という禅寺を舞台にした映画『Zen for nothing』
外国人の住職、外国人の映画監督、外国人の女優さん…
だからこそ際立つ日本人らしさ…。

映画では「フレーム(枠)」という表現をしていまいたが、日本の文化では、「型にはめる」ということが、とても大切です。
この「型にはめる」というのは、「善い悪い」という考え方になれた文化では、押しつけらるような自分というのを奪い取られるような恐怖を感じるのではないかと思います。

もともとある日本の子育て感は、子供は植物のように育てる…というのがあるそうです。
手をかけなくても、手をかけすぎても、痛んでしまう。
ほどほどの加減…。
いい加減…。
いい塩梅…。

植物本来がもつ良さを引き出すために、手をかける…。
それは、大人から考えた良いものを与える、良いことをさせる、良い方向に向かわせる…ということとは全く異なります。
そこに、見守る、信頼する、そのために必要なお世話をする…ということがベースになると思います。

安泰時にあるもの…。
本当にあった、今ではほとんど失われた、そんな日本がそこにあるように感じました。
自給自足で生きようと思ったときに、矛盾するようだけど、人と力を合わせていかないと生きていけない事をしると思います。
人との良い関係を手間暇かけて築いていく、人と呼吸を合わせる、人との違いを認め合い、そのために律する…。
人は一人では生きていけない、人は様々な環境との関係の中でしか生きていくことはできないということを思い出します。

便利な文明社会の中では、孤立していきることが可能です。
パソコンでネットとつながっていれば、生活のすべてを1人で賄うことができます。
上手くいかなければ、文句を言えばいいのです。
クレーマーとなって、人に嫌われても、生きていけます。
しかし、雪深いところでの自給自足はそうはいきません。
本当の社会性というものが必要になると思います。
大自然の中にあっては、自分が人に認められるための社会性もどきなど、あっという間に化けの皮が剥がれてしまうと思います。

くるりんでは、「どう生きるか」を模索している方へのレッスンを行っています。
自分の生きる方向性を見つけるお手伝いをしています。
優しく慰めて欲しいだけで、自分を変えるのではなく、まわりの人に変わって欲ししとか、自分の人生を生きる気が無い方にとっては、少し厳しく感じるかもしれません。
どう生きるかは、それぞれなので、別に自分を変えようとしなくてもいいのですが、どうしても私が最善を尽くそうとしすぎて、本気になり過ぎてしまうことが多いようなのです。
いわゆる、「余計なお世話」ですね。
その辺は、私も至らぬところなので、変えていきたいところですが、まだまだ修行がたりません。
その辺は、多めにみていただければと思います。

しかし、自分を変えることに躊躇の無い方にとっては、とてもお役にたてると思います。

8日に長野県岡谷市で行われるセミナー「霊性とプラーナとインナーチャイルド」は、そんなニュアンスをお伝えできれば…と考えています。

★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

8日(月) 16:30~18:00
長野県岡谷市セミナー
霊性とプラーナとインナーチャイルド
参加費 1000円

初めての内容です。
いろんな事例を紹介しながら、神様からみた、健全で幸せに生きるコツ…のようなことをお話しできればと思います。

お問合せ&お申込み
⇒くるりん事務局



年末、断捨離からの、禅

大掃除の季節です。
荷物を減らして、棚も減らして、リビングをスッキリさせたいと、片付けだしましたが…
片付けようとすると、いろんなものを見つけてしまいます。
以前書いたメモ、ずいぶん前にいただいた名刺、旅行先でもらってきたパンフレット…
つい手が止まって、読み耽ってしまいます。

そんなとき、昨日来た方から、良いことを聞きました。
断捨離ノートなるものを書いてから、やったら、スムーズにいったということです。
なにをどう進めるか、どこに収めるかをノートに書いて、それを見ながら進めるというのです。
手が止まりそうなものも、とりあえずノートに書いてある所定の場所に入れて、今すべきことに集中すると、手が止まらないということでした。

それって、脳科学的にもいいと思うのです。
意志力は、現状を客観的にみて、大切なことを思い出す、そして今やるべきことに集中する…ということの繰り返しだそうです。
まさにマインドフルネス。
マインドフルネスは、禅から来ている手法ですが、禅は「今・ここ・自分」に集中すること。
また、断捨離も禅から来ています。
禅というと坐禅を思い浮かべると思いますが、禅の基本は、身支度を整えることだそうです。
まず、自分の身の回りを整理すことが基本中の基本で、坐禅は修行の1つの形なのだそうです。

修行はなにをしているかというと、「今・ここ・自分」に集中することに尽きるかもしれません。
余計な考えをせず、ただいまやるべきことを淡々と行うこと。
歩くなら歩く、坐るなら坐る…
でも考えは浮かんできます。

坐禅を組んでいるときも、考えが浮かぶのは、それは自然に浮かんでくるのでいいのだそうです。
浮かんだ考えをただ放置すると、思考が巡り、いつの間にかその考えに支配されてしまいます。
なので、浮かんだ考えをまず認めること、意識することが大切だそうです。
そして、「あぁ、私はこんな考えをいましているな」と思う、その次に、「でも今は、考えるときではないな」と思い、呼吸に意識を集中させていく…ということで、考えに囚われないようにしていきます。

例えば、試験勉強をしなくちゃいけない…と思うと、つい、違うことをやりだすこともあると思います。
スマホをみて時間が無駄に過ぎてしまったり、テレビに見入ってしまったり…
それは、考えに支配された状態と同じです。
他のことをしたくなったら、行動を起こす前にまず、深呼吸をして
「自分は今、スマホをみたいと思っている」
とちゃんと認識します。
そして
「今、何をするんだったっけ?あぁ、試験勉強をしようとしていたんだ」
と、今やることを思い出し、やるべきことをやります。

ここでのポイントは、思うことと行動が違うということだと思うのです。
思う⇒そのまますぐ行動…というのは、衝動に支配された生き方だと思うのです。
やりたいことがちっとも進みません。ほんとうにやりたいことが出来ず、流された生き方になっていくと思うのです。

やりたいことをやり遂げるためには、今、なにをすることが大切なのかを、思い出す力が必要になってくると思います。
なので、今までの思ったら行動するという、生き方の癖を変えていくことが大切なのだそうです。

思う⇒すぐ行動…という癖を変えるために、一旦深呼吸します。

思う⇒深呼吸⇒今なにをすることが大切なのかを考える

という、習慣に変えていきます。

脳科学からいうと、「これができたら、ご褒美に○○を食べよう」とか「○○しよう」という、自分にご褒美を出すことは、なにかを習慣化させるときは、逆効果になる場合があるそうです。
また、うまくいかないとき、気晴らしをするのも、3日坊主になる可能性が高いそうです。
まじめなタイプで、自分を責めるタイプの人ほど、いい習慣が続かないそうです。

ではさてどうするか…
くるりんの勉強会では、そういったことを一緒に学んでいます。

あと、おすすめの映画がお正月に上映されます。お近くの方はぜひ!

  映画『zen for Nothing』〜何でもない禅〜

   


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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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