ゆく年くる年、インチャの癒しと昇華について少し

インナーチャイルドの癒しというと、どんなイメージでしょうか?

幼少期の傷を癒す
幼少期のトラウマを癒す
自分の中の傷ついた子供を優しく慰める

そんな感じのイメージでしょうか?

確かにその段階もあります。
しかしそれだけで、終わらないのがくるりんのインチャの癒しを昇華です。

勉強にいらっしゃっている方が、
「インチャ苦しいけど、インチャの勉強、ちょっと面白くなってきました」
ということをおっしゃっていました。

インチャを癒し、さらに、昇華していくことは、新たな自分自身の発見であり、可能性を見出すことあり…
そしてなにより、より世界をみることにつながります。

本来勉強というのは、知らなかったことを知る喜びや、出来なかったことが、出来るようになる喜びがあると思います。
しかし、子離れのできていない親、過干渉な親、子供をいい子にしようとコントロールが強い親は、子供の自由な発想を嫌がります。
自分の考えに無いことは、「悪いこと」として、「自分が思う、良い方」に矯正しようとします。

なので、新たな自分の発見や、さらなる可能性を見出すこと、新しい世界に羽ばたくことを、そういう母親(父親も)禁止します。
まぁ、親としては心配になりますよね。

なので、自分の可能性を広げていくことは、親に歯向かうことにもなりますし、新たな冒険への旅立ちでもあるのではないかと思います。
だから怖くもなりますし、苦しくもなります。
その先に待ち受けるものは、やった人にしかわかりません。
いままで「大変そう」という方に、いくら説明しても、経験していないことは想像できないようで、言葉で伝わった試しがないのです。
これはやってもらうしかありません。

と、つらつら書いているうちに、年を越したようです。
新たな年の始まり…。

新年あけましておめでとうございます。
今年もくるりんをどうぞよろしくお願いいたします。


  
スポンサーサイト

自分の本当の気持ちに気が付くために

私自身、3人兄弟の長女なんですが、くるりんに来ている方も、長男長女か、家族の中でも頼りにされるタイプの方が多いですね。
類は友を呼ぶ…でしょうか?

小さい時から、親の愚痴を聞いたり、親や兄弟に頼りにされたり、自分のことよりも人のことを優先することは素晴らしいことだという価値観の中で育っていると、自分の正直な気持ちに向き合うのが、下手になるように感じます。
自分がしたいことなのか、したくないことなのか、何がしたいのか…そういうことに鈍感になるというか…

感情の麻痺については、過去にも触れています。
感情の麻痺


私は、自分でいうのもなんですが、子供らしくない、変に大人びた子供でした。
その割には、いろいろと失敗もしていて、出来る…ということではありませんが。
頭の中でごしゃごしゃと、子供らしからぬことを考えていました。

大人になり、仕事上、いろいろ勉強をし、ポジティブシンキングを身に付けました。
本来の私の性格にもあっていたようで、長年とてもよく作用をしてくれました。
人が嫌がる仕事や、部署、はたまたいじめかと思うほどの無茶ぶり…
全ては自分のスキルにつながると、前向きにとらえ、取り組んできました。
だから、仕事においては、はじめは味噌っかすで、出来が悪いどんくさい子…という感じですが、数年を経て、いつの間にか人よりも良くできるようになっています。
一見良さそうですよね。
社会性もあり、全てニコニコ引き受けますし、仕事が出来ない人のフォローもします。
「わたしもそうだったから、がんばろう」って。
大体の人に、すごく良い人と評価されます。特に上司からは…。
人に好かれ、人嫌いの人からも、慕われます。
ほとんどの人が、友達と思ってくれます。
なので、仕事がきつくても、仕事に行くのが楽しかった20代でした。

しかしその傾向は、一部の方からは、非常に批判され嫌われました。
会社組織の中での、生産性に反抗するようなところもあったと思います。
20代の頃は、若さと青さで、それはそれでOKでした。

でも、それって、ずっとやっていると、うつ病になったり、身体の病気として現れたりする…ということを、多くのクライアントさんから学びました。もちろん教科書にも載ってましたが、頭の理解で、現実味は無かったです。まして、自分に当てはまるとは考えてもみませんでした。
自分もうつ病になりかけて、(というか、たぶん病院に行っていたら、うつ病と診断され、確実に薬をもらっていたでしょう)今の師匠と出会い、プラーナについて学ぶことになりました。
そうして、なぜストレスから病気になるのか、そもそもなぜストレスになるのか…少しずつわかってきました。

しかし長年やってきて、板についた癖はなかなかとれません。
ネガティブな感情をすぐに切り替えて、ポジティブに変換してしまうので、それ以上見つめることもできずに、日常では楽になっていくように感じますので、すぐに良しとしてしまいます。特に問題無いと、自分では思ってしまうのです。

でも大切なのは、自分の気持ちを意識していること…なんです。
生きる上で、確かに嫌でもやらなくちゃならないことの方が多いです。
ただ自分が「イヤだ」とまず感じ、それを意識しているか…は、自分を知る上で、とても大切なことです。

わたしのように、長年、ポジティブシンキングで乗り越えてきた方は、ここがネックとなるのです。
ここの壁を乗り越えるためにまず、日常のいろんなことに対して、自分は好きなのか嫌いなのか、嫌なのか、やりたいのか、嫌だけどやっているのか、やりたいけど、出来ないのか…などなど、まずは意識してみましょう。
それでも自分の気持ちがわからない…という方は、「心地いいのか、悪いのか」といちいち自分の感覚に目を向けて見ましょう。
そう感じていることに、善し悪しは付けないでください。
善し悪しを付けてしまうと、感じないように、自分の気持ちをスルーしてしまうでしょうから。
どんな気持ちでも、感じて良いのだと…、まずは自分に許可を与えてみるところから始めましょう。

なかなか自分の感情を感じにくいと感じる方は、くるりんのレッスンを考えてみてください。
案内のページ



ちょっとだけ無茶をしてみた…高尾山で「恐れ」と向き合ってみた

今月は、はじめから予定が盛りだくさん。とても山にいく暇などありません。

4日に勉強会のDVD上映会。まぁこれは、みて確認する作業なので、それほど大変ではない…が時間は3時間と大幅に使う…かな。
5日に午前午後ともに勉強会。日程を変更したため資料の作成が間に合わずに、ちょっと頑張らねば。
6日は予定が入っていて…
8日は長野県岡谷市に出張。7時には家をでないと…。
9日は、急きょ決めた勉強会。資料は慌てて作成。
10日から比叡山の延暦寺。そのためにいろいろ下調べなどをしなければいけないのに…何も手を付けていない…。

という状況の中…、たくさん準備しなくちゃ…、着るものも天気とか調べて用意しないと…
お留守番をする猫の用意も考えなければならず、段取りをちゃんと考えるところだろう…
6日はわりと仕事が入っていて、手一杯なので、7日くらいしか空いていない…

という状況の中…、天気がよく暖かい7日…
とうとう我慢できず、おにぎりを作り、コーヒーセットをリュックに入れ…
5時過ぎから、高尾山に向かっていました。
もう日が短いので、登りはじめから真っ暗です。

5時半くらいから、稲荷山コースで登りました。
どんどん降りてくる人がいます。しかし登る人はだれもいません。
荷物も慌てていたので軽装です。少し寒くないか…と思いつつ。

最近登っていなかったし、しかも久々の夜の山…。
回数を多くし、慣れているとわりと平気だけど、たまに登ると、まだ立ち上がる「恐れ」。

まだ数年前、登りはじめの頃は本当に山が恐かった…。
時間の経過とともに、恐れの種類が違ってきているのを感じます。

はじめの頃は、ただ「落ちること」が恐かったでしょうか?
足場が砂のように崩れて、さ~っと身体が吸い込まれる感じ…そんなイメージがずっとついていました。
あるとき、思っているよりも、道は広くそんなに急ではないのだ…と気が付きました。視覚が変わったのです。
目の前で、崖のようになっていた山道がふっと、平になったのです。想像が、実際以上に、谷側のほうに傾いているように見えていたことに気が付きました。
たぶん、登山靴を脱いで、はだしで地面に足をついてみてからかもしれません。
直接、地面を感じることで、思ったよりもしっかりとしていることが確認できた感じです。
子供の頃、はだしで遊ぶって大切かもしれませんね。

次は、「転ぶこと」が恐かったです。
転ぶことのなにがこわいのか…
痛いことか、怪我をすることか…いや、出てきたのは「怒られるのが恐い」でした。
「なにやってのん、だから前をちゃんと向いて歩きなさいって言ったのに」
「またお洋服汚して」
など、心の奥に耳を澄ますと、後ろの方からいないはずの母の声が聞こえてくるのがわかりました。

次は、「夕暮れ時が恐い」でした。
しかも、日の出山から御岳ケーブルカーに向かう、かなり広いしっかりとした道です。
まだ暗くもなっていない、3時半くらいです。
「あぁ、門限だ」
私が高校まで、門限に対しては母がかなり厳しかったです。
母の父、つまり祖父は異常なくらい娘たちの門限には厳しく、連帯責任だったそうです。

そこもクリアすると、「岩とか石とか岩場が恐い」になりました。
見えるだけで、圧倒されて恐いのです。
あるとき、「あぁ、岩は父なのだな」と感じました。
しっかりしていると思って、うっかり足を置くと、ぐらぐらとする浮石の時があります。
頼りにしたいのに、肝心な時に頼りにならない父の象徴なのだな…と思いました。

そして今回は、すでに真っ暗時に、親から「危ないから行ってはいけない」と禁止されていた山に向かうのです。
私の内面では、両親、親戚、祖父母…総勢で猛反対します。
電車でUターンしようかと思うくらいでした。
しかもなぜか所持金がギリギリしかもっていなくて、ちょっとしたものも買えない状況です。
明日の朝1番に向かわなければならない出張の準備も、全くしないまま出かけてしまいました。
どう考えても、家に戻るのは、10時くらい。
慌てて準備をしたら、忘れ物とかたくさんありそうです。
しっかり者の長女の私には、許されることではありません。

いろんなことが重なって、気持ちが揺れに揺れます。
そんな無茶苦茶な状況で登ってみました。
山頂まで1時間半6時半~7時くらいにつくでしょうか?

登りながら、自分の中の奥の方でずっと「ビクビク」していたインチャに気が付きました。
「これでいい?」「大丈夫?」「なんか間違っていない?」「わたし平気なの?」
生きること自体におびえて、常に周りを覗っている感じのインチャ…。
ずっと恐かった、怒られないように頑張ってきた。
そして、頑張っても褒めてもらえない、認めてもらえない。
私がやりたいことは、「つまらないこと」「そんなことどうだっていい」って否定されてしまう。

あぁ、いるねぇ~、いるねぇ~。
そして、やっと出てきてくれたね~。
ずっとずっと隠れて、様子をみていたんだよね。

小さい頃からたくさんの大人(親戚)に囲まれて育ったけど、誰一人私に優しい大人っていませんでした。
そんなかで私は、父は優しいと思っていました。
中学生くらいだったでしょうか?母が離婚を悩んでいるときに、
「お父さんとお母さんが離婚したら、どっちについていく?」と叔母と話していた母が私にききます。
妹とと弟はまだ小さいので、母が必要だなって思いました。
そうする、父は1人になってしまう。父は1人では居れないと、そう感じました。
母についていっても、弟と妹のために家事をやらなければならないでしょう。
ならば父のために家事をやろうと考えたのです。
「お父さんについていく。おかあさんには、弟と妹がいるでしょ?」とそんな感じで母に伝えました。
母は、私を裏切り者呼ばわりしました。こんなに苦労しているのに、あんたは…と、ものすごく責められました。
叔母は「この子は昔からお父さんっ子だったじゃない」と母をなだめるためにいいました。
私は、父を好きだとずっと思っていました。そして、父は、私のことを特別にかわいがってくれていたと思っていました。
だから父に対して、恐れなど無いはずだ、他の人に冷たく厳しくても、私には優しい…
そんなイメージがあります。
でも、今回の高尾山では、両親と祖父母に対する恐れ、私の周りの大人全部が恐い…という感じなのです。

お父さんっ子と言われ、父にかわいがられていたと思っていた幼少時代。
父に対しての恐れというものが、あることすら、意識できなかったけど…。
「恐れ」を感じようとすると、身体の芯のほうから、ものすごい震えが襲ってきます。
なんでそんなにこわいのか、まだインチャは語ってくれないのだけど、大人の私が、「こわいって思っていいよ」「大丈夫、ちゃんと守るから」と言ってみる。
たまに出てきたは、あっという間に隠れてしまうこのインチャ…。
保護した子猫のように臆病だ…と感じます。
焦らずに、少しずつ…少しずつ…。


  

秋の夜長に、インチャの分析を…

なかなか自分で行うのは難しい…感じることが多いインチャの分析。
インチャの分析を身に付けたい…と、取り組んでいる方が増えてきています。
過去に、実際に分析を書いたものがあります。

今まで学んだことと照らし合わせて、読んでみてください。

  一途に想う…ということ①

  一途に想う…ということ②

  一途に想う…ということ③

  一途に想う…ということ④

  一途に想う…ということ⑤

  一途に想う…ということ 完結

インチャの分析は、とても難しいので、混乱するものです。
わかりにくい処は、ご連絡ください。
ある程度のところまではお答えいたします。
細かいところは、個人レッスンにて、一緒にすすめていきましょう。

⇒ くるりん事務局

おまけで、インチャの癒しを理解するための本の紹介ブログ

  お勧めの文庫

もういっちょおまけで、感情を感じにくいということについて

  感情の麻痺

  幼い自分との対話のすすめ

秋の夜長を、自分の内面と向き合い、インチャと対話してみませんか。

インナーチャイルドを癒し、自分の歩みで生きるために

今日は、勉強会の日曜クラスでした。
午前中が「身体とこころの成長とプラーナ」で、午後が「パステルゾーンで生きていくために」でした。
いずれも、自分の中のインナーチャイルドを理解し、癒すためにも、そして日々の生活を自分の歩みで進むためにも、活かして欲しい内容です。

詳しくは過去ブログを…
明日の「プロローグ」に参加できない方のためのダイジェスト版

回を重ねるごとに、参加者が増えていく感じがします。
いろんな方の感じ方やとらえ方を聞くこともまた、学びとなります。

癒してもらうのではなく、癒していく…そんな気持ちに受講者の方がなっているようです。
過去に書いた、インナーチャイルドとの向き合い方の記事がありますので、参考にしていただければ。

 乱れた感情を書き出したら…その①

 乱れた感情を書き出したら…その②

 乱れた感情を書き出したら…その③

ある程度覚えている頃の、インナーチャイルドから取り組むことが多いのですが、記憶にない、バーストラウマの癒しは、なかなか大変です。
しかし、赤ちゃんが望むことは、「心地いいこと」。
胎教があまり良くなかっただろうな…と思うときは、自分自身に心地いいことをするという時間を設けることも大切かと。

日々の生活に、ヨーガや呼吸法を取り入れていくことは、一見面倒臭いとおもうかもしれないけど、心地いい時間をつくるということにも繋がってきます。ある程度やってみないと、感じられないのかもしれませんが。
一見面倒くさいことのように思う、心地いいことを生活に取り入れることは、「自分を大切にする」「自分をいたわる」ということになるのではないかと思います。

06 | 2018/07 | 08
Su Mo Tu We Th Fr Sa
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
リンク
QRコード
QR
初心者向けのFXセミナー