お盆によせて個人的なこと

生き方コンシェルジュくるりんです。
今日は、個人的なことを書きますし、ちょっと長くなるので興味のない方は、飛ばしてくださいね。

今朝、いつものように何気なくネットをみていたら、ふと目に留まった広告がありました。

「シニアtalent大募集―役者の世界に定年はありません」

私の母方の祖母は若いころ、女優になりたくて、宝塚歌劇団に入りたかったけど、親に反対されて諦めたそうです。
もし、今の時代生きていたら、子育て終わってから、シニアタレントになることもできたのかもしれないなぁ…などと思いました。
そして、祖父はもともと学生時代は寿司屋に下宿していたようで、一通りの台所仕事はできたようです。昔なので、台所に男は立つなという時代でしたら、家事があまりできなかった祖母に任せるしかなかったでしょうが、もし今の時代なら…。
料理男子になっていて、お弁当も自分で作って行ったに違いありません。
また祖母が撮影とかで、いそいそ出かけるときも、自分の食事は自分でまかない、妻が帰宅したときの食事も、「任せろ!」ってなっていたかもしれません。
時代が少しばかり早くて、喧嘩の絶えない2人でしたが…。
「○○でなければならない」というその時代の価値観の中で、どんなに窮屈に生きていたことでしょう。

掃除も台所仕事も、段どりも上手い祖父に比べて、お嬢様育ちで家事などやったこともないうえ、片付けが出来ず、理解も遅く、不器用で、祖父が何度教えても、上手く出来なかったでしょう。しかも、祖母にとって家事は、女中のやることで、自分がやるべきことと思っていなかったでしょうから、そんな2人に喧嘩が絶えなかったのも頷けます。

私の両親は共働きでしたので、昼間はこの2人の元で育ちました。
ちょっとしたことですぐに言い争いになるし、お互いの主張をそれぞれ私にぶつけ、審判を求められていましたが、4~5歳の私には、どっちの言い分も「なんだかなぁ~」という感じです。「私に言われても…」
だからずっと仲が悪いと思っていました。お互いに嫌い合っていると思っていました。
祖母は祖父のことをずっと憎んでいると思っていました。

「そうではないかもしれない」

インチャの勉強をしてずいぶん経ちますが、やっとそう思えるようになってきました。
今、2人の育った環境、喧嘩の状況を見つめなおしてみると、子供時代の抑圧してきた怒りをぶつけあっていたように思えるのです。
厳しく育った2人は、親や長男長女の言うことは、絶対だし、逆らうことはできなかったでしょう。
まして、違う意見を言ったり反発したり、怒りを表現したり…、
祖父は初めて祖母の前で、怒りや自慢を出せるようになり、祖母は祖父に怒りや文句を言えるようになったのでは…そんな信頼関係を長年かけて築いてきたのかもしれない…。
いろんなご夫婦を診て来て、そう思えるようになってきました。

実はその怒りの矛先は、本当は自分の両親で、夫や妻は、その投影にしか過ぎなかったのでしょう。
インナーチャイルド…という考え方すらない時代です。その怒りの矛先は、目の前にいる一番大切な人(妻や子)に向け、暴走します。

子どものチャンネル争いのような小競り合いを常にして、祖父が怒鳴って終わらせようとし、祖母はむくれてなにも言わずに出ていき、近くに住む娘たちの家に行っては、愚痴を言って夕飯時には帰ってくる…そんな毎日を祖母が急死するまで続きました。

祖母はただ幼かったのだと思います。思い通りにならないとすぐにむくれてしまう。でも、困っている人のことはほっとけなくて、つい頼られると情にほだされてしまう。なんども騙されそうになり、ほっとけないタイプです。
そんな祖母をもともと面倒見のいい祖父は、どんどん情が湧いてきたと思います。祖母がおしゃれをして出かけるときは、祖父はご機嫌だったと、母から聞いたことがあります。

人は、中年期⇒老年期と、取り残してきた課題(テーマ)に取り組まなければならない状況になります。

さて祖母は、心臓の悪かった祖父が先に亡くなったら第2の人生、もっと自由に生きると、いつも言っていたようです。
しかし残念なことに、「今の状況を受け入れ、満足する」…という課題に取り組まなかった祖母は、不満をぶつけながら祖父より先に急死しました。
寂しがり屋で、子供たちも孫たちもみんなが自分の周りにいて、にぎやかなのが好きだった祖父は、心臓が悪く2回大きな手術をしています。いつ死んでもおかしくない状況でした。なので、祖母に看取られながら亡くなると信じていました。
祖父は、努力してもできないことがあるということを受け入れ、許す…という課題に取り組まなかったために、祖母に先立たれ、寝たきりになり、楽しみな、お酒・たばこ・コーヒーも制限され、孤独の中で亡くなりました。

もし2人が、くるりんがやっているようなインチャの癒しを知っていたら、どんな夫婦になっていたでしょう。
自分の内面を見つめ、対話し、幼少期の怒りや悲しみを癒し、自分にはない、相手のダメという思うようなところから、新たな視点を学び、良いと思うところを尊敬し、お互いを尊重し合い、慈しみ、愛することができたかもしれません。
そして、自分の非を認め、謝ることができたでしょう。お互いに感謝もできたでしょう。いろんなことをもっと協力しあえたかもしれません。
少なくとも、もっと穏やかで、温かい気持ちで、晩年を過ごせたのではないか…と、なんかもったいない気がします。

喧嘩するほど仲がいいとか、夫婦喧嘩は犬も食わないとか言いますが、そこにいる子供はたまったもんではありません。
少なくとも私がそうでした。

祖父母が取り組めなかった課題は、そのまま消滅するわけでありません。
世代を超え、母、そして私、私の子ども…と受け継がれていき、代を経ることに、問題は大きくなっていきます。
できるだけ私の世代で癒し、負の遺産は引き継がれないようにしていきたいな…と思っています。
どうかあの世では仲良く…

長文にお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
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久々の穂高

山から下りた後は、穂高に1泊しました。
まだ、くるりんが「ホメオパシープチ」のときに、仕事で来ていたところです。
2009年から2014年まで、2~3か月に1度、多い時は毎月来ていました。

今回は、半年前にオープンしたばかりという、「ゲストハウス燈」に宿泊。
きれいで、気さくなオーナーさんと、常連さんの方と、楽しいひと時を過ごしました。
西友スーパーの目の前なので、食事とかにも困りません。
ちなみに、おみやげ物屋さんが定休日だったので、ここでお土産を買いました。
野沢菜…ワサビ漬け…地元の味です。

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それからオーナーさんに、2~3時間で、気軽に登れる里山情報も聞きました。
そのうちまた、くるりんでなにか企画をしていきたいと思います。
この宿のFBのアルバムを見てみると、冬は丸こたつがある模様。冬も訪れてみたいな…。

今回は、仕事でお世話になった神社へのご挨拶とお礼。数年お世話になったのに、近くにきて素通りもありません。
私が、新しい土地で仕事をさせていただくときに、近くの氏神様にお参りに行くことが習慣になったのは、ジブリ映画「となりのトトロ」を見てからです。
山に入るときも、私たち人間は、よそ者なのですから、ちゃんと挨拶をしていますよ。我が物顔では、いけません。

さてまずは、駅前のカフェ「ひつじ屋」さんで、レンタル自転車を借ります。ピンクのかわいいママチャリを借りました。
今回は、何度か行ったことのあるコースなので、周辺地図だけいただいて出かけましたが、いろいろ親切に教えてくれますよ。
また、店内は小物や本が展示&販売をしています。
ゆったりとした時間をここで過ごすのもいいものです。

次は、穂高神社前の100円ショップ「セリア」で、虫よけシールなどをお買い物。
このお店も、広くてかわいいのがたくさんあって、油断していると、時間がどんどん過ぎてしまいます。
今回は、必要なものだけ買って、ちゃっちゃと出ます。

穂高神社へ参拝。
さすがに嶺宮には行けませんが、いつか行ってみようかな…。穂高神社主催での、嶺宮登拝もあるようですね。
奥宮もまだ行ったことがないので、またそのうちに行ってみたいですね。明神池…なんか魅惑的です。

その後はちょっと、サイクリング。川沿いのサイクリングロードを走ります。
以前、通りすがりに、鳥居を見かけ立ち寄った日吉神社。とても気持ちがいいなぁと。
今回も行ってみます。

なんと、今回の宿泊した「燈」のオーナーが以前住んでいた近くで、毎日仕事前に、参拝していた神社…ということだそうです。
なんともいえないご縁を感じます。

その後は、もう少し進んで、「田淵行男記念館」に行きます。
ナチュラリストの先駆けとなる方で、山の写真や、昆虫のスケッチは、一見の価値ありです。
また、愛用していたカメラなども展示されているので、カメラ好きの方にもおすすめです。

記録DVDなど、初めてその生き方に触れましたが、ただ地道にコツコツと、生きた方なのだなと感じました。
彼のように生きられたら、幸せだろうな…と思いました。

とゆっくりとしていたら、もう戻らないといけない時間です。
途中で立ち寄った、地元の大型スーパーでお弁当を買って食べ、戻ります。
お蕎麦屋さんでも…と思ったら、どのお店も定休日でした…!残念。
自転車を返し、「ひつじ屋」さんで淹れたてのアイスコーヒーをいただきました。相変わらずおいしい。
今度は、いつ来れるのだろうな…。

さて、高速バスまで、30分ほどあります。
まだ1度も入ったことのない、穂高神社の「御舟会館」の展示物を見学していきます。
さて、久々の穂高の街を堪能しました。
お天気は良く、すっかり日焼けをしましたが、北アルプスの山々は、雲に隠れ、その姿を見ることはできませんでした。
う~ん、残念。

穂高の町は、松本やほかの街並みとも違う、「日本の原風景」ともいえる、なんとも言えない懐かしさがあります。
「田淵行男記念館」の山の上からみた穂高の町の風景写真をみて感じたのですが、熊本に行った時の風景に似ているのです。
熊本に住んだことのある人は、とてもいい処だと必ずおっしゃいます。自然と共に生きているように感じられました。
穂高にも、そんな感じが感じられます。
終の棲家として、住みたいと思う方が多いのも、うなずけます。
またかえってきたい場所…、そんな雰囲気のある場所です。

年に1度の健康診断

昨日は、健康診断に行ってきました。
私がお世話になっている診療所は、数値だけで薬を出すような、診断をしないドクターなんです。
むやみと薬を出さないせいか、近所にある診療所より、空いているのです。それでもかなり待ちますが。
やはり、たくさん薬をだす病院の方が流行るようです。

子供が中学生のころ、インフルエンザが流行っているときも、学校で高熱をだし、「受診してださい」と、帰されたのですが、「高熱だからってインフルエンザとは限らないんだけどな」とちょっとうんざりする感じで、「このくらい寝ていればなおるから」と、薬も特になく、診察代も無しで診てくれました。

日ごろから、自然療法をやっている方は、どうしても、病院を嫌がる傾向にあると思います。
たしかに、イヤな目にあったとか、薬でこりごりな思いをした経験から、そうなっている場合もあります。
でも、探せば自分にあうドクターは、きっといると思うのです。

たしかに一昔前なら、自然療法をやっているというだけで、ドクターから非難されたり、診ないと脅されたり。
また、提示する治療を断ると、重病で入院していても、出されてしまったりした方も中にはいました。
そんな話を聞いて、人道的にどうなんだ…って感じてました。
でも、今はずいぶんと様子が違うように思います。
自然療法も使っていても、治療や検査をそれだけで断ることは、無くなっているようです。
担当医に相談すれば、いいと思いますし、いいと思う自然食品を使っていても、よほどのことが無い限り、とくにとがめられることも無いでしょう。
病院もとてもオープンになってきたように感じます。患者主体というか…。

これは私個人の考えですが…どんな療法であれ、検査だけは、医療機関でないとできないのではないか…と思います。
正しい体の状況は、医療機関の検査しかできないのではないかと感じています。
自然療法や、エネルギーを扱う療法での診断では、医療機関ではわからないエネルギーの状態はわかるかもしれないけど、ほとんど機能を失っている臓器の状態など、肉体レベルのことは、医療機関の検査が1番確実だと私は、思っています。

実際私も、健康診断を受けに近くの診療所に行くのだけど、病気が見つかったら、どうするかは、また別の問題です。
そこは、その人なりの生き方…といういうか、生き様に、なるのではないでしょうか。
私は、治療を自然療法でやるかもしれませんが、それでも、状態を診てくれる医療機関を探すと思います。
日ごろからそういう意識で探しています。健康診断はその医療機関を健康なうちに、下見をできる機会でもあります。

ちなみに私は、4年前、数十年ぶりに健康診断を受け、要治療の高血圧と、要治療の肝機能、要治療のコレステロール値でした。
即治療が必要なくらいの数値で、ここでこのまま治療をすることも出来るが…とドクターに前置きをされ、「その前に」と、運動と週1回の休肝日を設けることを、ドクターから提案されました。

私はまず、生活習慣を変えることにしました。
ほぼ毎日のウォーキング、周1回の断食、ついでに休肝日…

そして、3年前は、ボーダーラインを少しでたところまで、正常値に近づき、2年前は、完全に正常値になりました。
今年は、毎日やっていたウォーキングも休肝日も、断食の日もすっかりさぼって、メタボ気味になしましたが…。
正常値でセーフでした。

もしどうしても治療が必要な病気が見つかったら、必要なときは、病院の検査を受けてくれと躊躇なくいえるような、謙虚な自然療法家を探すと思います。
少なくとも私は、「この療法は、絶対です」「自分に任せれば大丈夫」「奇跡的に良くなった方がいます」というような治療家やドクターは避けるかなぁ…

どのような選択であれ、自分の身体ですから、病院も自然療法も、いいとこ取りで、自分のライフスタイルにあった方法を模索していきたいものです。

久々に、ひとり雨の山道…

今日は、梅雨らしい天気。
土砂降りではさすがにイヤだが、今日のようにしっとりと降る雨の中を歩くのは、割と好きだ。
特に山は登山客が、晴れの日より格段に少ない。
空気が澄んで、軽い感じだ。
しっとりと降る中の雨の登山は好きだ。

今日は1日オフだったので、山で汗を流し、温泉に入りたい!って思った。
日の出山からのつるつる温泉か、高尾山からの極楽湯か…迷った。
そして、高尾山のケーブルカー乗り場の前にある蕎麦屋があるが、以前から入ってみたいと思っていたことを思い出した。
いつも山頂で食べ温泉へ直行のパターンで、横目でみていた店だ。
そうだ、高尾山に上り、蕎麦屋に行き、温泉に行こう!

お店で食べる昼食をおいしくするために、前日から計画。
食事を軽くし、アルコールも飲まず、おいしく食べるために極力我慢する。
今回の目的は、蕎麦屋と温泉。なので、山頂まで行かず横目に見て素通りする。
今回は申し訳ないが、薬王院もよらない。ひたすら、休憩も取らずに、まっしぐらに下る…。
という予定。下山まで2時間くらいのコースにした。

あまり人が通らない道を選らぶ。
ふみ跡はしっかりしているが、メジャーな登山道ほど手入れはされていない。だから、複数のふみ跡があると迷いやすいから注意が必要だ。雨だと、熊や動物との遭遇の心配は減るのだろうと勝手に思っている。が、どうだろう…

よく見ると、道のよこに白い泡のようなもの…。なにかの卵だろう。

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ここには、どかどかとたくさんの人が入ると、あっという間に踏みつけにされる命がたくさんあるのだな…と思った。
人の命とそれらの命と、果たして違うのだろうか、同じなのだろうか?そんなことを考えながら登る。

しばらくして、下の方から、なんか動物の遠吠えが聞こえる。
野犬?にしては、ちょっとかわいい感じ。
なんだろう、知らないと怖い。
もし、私を侵入者とみなし、襲う算段をしていたら…そんな妄想に襲われる。
先に続く急な坂道を見上げる。
どんなに頑張って走ったって、やつらにかなうわけはない。
どうせ逃げても無駄…と思ったら、怖さも薄れ、走りたい衝動も収まり、またもとのゆっくりのペースで登る。
もっとも、この坂では走れないし!

そうか!山の中では、虫けらの命も、人間の命も同じなのだ。
自然の掟の中(縄張りとか)では、今までどれだけ頑張ってきたとか、人を傷つけてきたとか、お金を持っているとか、人よりも優れた能力があるとか、頭がいいとか、家柄がいいとか、中卒も大卒も、エリートも、なにも関係ない。
自然の中のひとつに過ぎないのだ。

ただ今、この時しかない。
そう、思った。
観念するしかない。

いつのまにか、遠吠えのような声は聞こえなくなった。

尾根に出た。
道に倒木がばってんの形で倒れている。
整備の行き届いた登山道では、「そっちは違うよ」という意味でわざわざおいてあったりするが、そんなものはあるはずもなく、倒木がたまたまそういう形になっただけだ。ここでは人が作ったルールは役に立たないよな…とそんなことを考えながら歩いていたら、目の前に大きな倒木が道をふさいでいる。

CIMG5786.jpg

ありゃ、と思いながら、進んでいくと。

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そう見えただけだった。
倒木の横にちゃんと道がある。

登山は、人生のようだ…といつも思う。
手詰まりだ!と思っても、とりあえず進めるところまで進んでから考えてみることだ。
自然からたくさんのことを学べる。

さて、山頂に寄らずに、4号路で下山。
数人の登山客が登ってくる。
気が付くと、みんな雨具を来ていない。いつの間にかやんでいる。
そして、雨でも高尾山の山頂からは、たくさんの人の声が聞こえる。
傘をさして歩ける道もあるし。
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数年前は、怖くてとても渡れなかったであろう吊り橋を通り、リフトで降りる。
雲が少しずつ晴れてきて、景色が素晴らしい。
しかし、まだ手を放して写真を撮るほどの度胸はない。
もう少しなれたら、撮れるようになるかな。

蕎麦屋では、珍しい、蕎麦ビールと湯葉こんにゃくの釜揚げを食べる。
しみわたるおいしさだ。
写真をとったはずなのに、なぜか残っていない。
鴨丼と、蕎麦味噌汁でお腹を満たす。

温泉に向かう途中、アユを焼いているお店があり、アユの塩焼きを食べる。
アユの骨酒もあるが、これから温泉に入るし我慢をする。
次は骨酒かな。

この時間なら空いているだろう…と思ったが…。
温泉は、学生や夕飯の支度する前の主婦で、いっぱいだった。
休憩所で横になり、一休み。

今日は、心身の骨休め。
さて、もうすぐ7月。
暑い夏がやってくる。
また一頑張りだな。

「コミュニケーションって、なんだ?」東大和クラス

3回講座の勉強会「コミュニケーションって、なんだ?」の東大和クラスが日曜・火曜ともに終了しました。

質問を投げかけて、参加者のトークで進めていく新たな試みをしてみました。
昔から3人寄れば文殊の知恵と言われているように、複数人で話しているうちに、自分でも意外な考えが出て来たります。
まるで化学反応のように、思いもよらぬ方へ、話が進み、とても興味深い展開になりました。
わたしも、学ぶところが多かったです。
なんとなく思っていたことの確認とかもありました。

同じ質問を投げかけているのに、参加者が違うと本当に違う結論に達します。
5月からは、長野県岡谷クラスも始まりますし、どうなるか楽しみです。
参加希望の方は、まだ大丈夫です。お申込みください。

2回目ですが、話の流れから、日曜クラスは「コールドリーディング」、火曜クラスは「アサーション」を参考に進めていきます。
1回目参加していないけど、興味がある方も受け付けます。

下記の本を参考にしていきます。可能な方はご用意ください。
日曜クラスの教材「一瞬で相手を落とす! コールドリーディング入門~人に好かれる!信頼される!禁断の話術&心理術「ホワイト・コールドリーディング」 (FOREST MINI BOOK) 石井 裕之著

火曜クラスの教材「自己カウンセリングとアサーションのすすめ 」平木 典子著

講座がある日までに、読んでいただくと、なおいいと思います。
また、火曜クラスは宿題がでていますので、2回目からの参加ご希望の方は、お問合せください。



コミュニケーションって、なんだ?

~♥ コミュニケーションについて、共に学びませんか? ♥~
人の悩みは結局、人との関わりから起きるようだ。
ということは、人とのコミュニケーションがうまくいくと、
いろんなことを、解決できるということにもなる!

参加費 昼食付き各回7000円(一括2万円 岡谷クラスのみ)
時間 10時半~14時半(お昼時間を含む)

会場 東大和クラス…くるりん
     東京都東大和市南街6-11-2 
    岡谷クラス…諏訪湖ハイツ
     長野県岡谷市長地権現町4-11

東大和日曜クラス  2回目5月28日 3回目6月17日
東大和火曜クラス  2回目5月30日 3回目6月20日
岡谷 木曜クラス   1回目 5月18日 2回目6月15日 3回目7月13日


お問合せ&お申込み
くるりん 事務局



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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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