子育て失敗?今まで無駄な頑張りをしてきた?

どんな親でも、子供に対してなにかしらの理想を持っているのが普通でしょう。
こういう大人になって欲しい。
こんな気持ちで、生きて欲しい。

しかし、そんな理想や、普通にあると思っていたことが崩れたとき、「子育てを失敗した」と思うものではないでしょうか?

不登校、引きこもり、万引き、援助交際、盗撮、いじめ、お受験の失敗…

お子さんのいろんな問題で、お見えになる方はおおいです。
大体、小学校高学年から、中学生くらいでいろんな問題がでてきます。
いろんな話をお聞きしていると、実は、小学2~3年生くらいから、予兆が現れてきます。
お母さんと子供のプラーナが完全に切れてくるあたりです。

それまでは、お母さんとプラーナが一体化していたので、いわなくてもわかるとか、同じ考え方の中にいたのですが、10歳くらいになるとお母さんとは違う、その子らしさが出てきます。もちろん個人差はあります。
今までは、お母さんの価値観とほぼ変わらない感じだったので、言わなくてもなんとなくわかる、通じるとか、お母さんの想定内でのことしか起こらなかったり…。
それが、なんかいろいろ食い違ってくるのです。
本人はいたっていつもと変りなくやっているつもりなのに、お母さんに「ダメ」と言われることが多くなったり、怒られたりすることが多くなります。だからとても戸惑います。
お母さんからしたら、なんか最近言うことを聞かない…、逆らう…と感じているのですが、本人はそんな気はさらさらないでしょう。
プラーナが切れ、1人の人間としてその子らしい個性的な感じ方や考え方がでてきているだけです。

だいたいのお母さんは、自分がいいと思うことを良しとし、それ以外は、ダメとします。
だから、想定しないことを言い出したり、やったりするようになるので、「これはまずい」と矯正しようとします。
子供としたら、とても窮屈です。
そして、中学生のころに我慢が爆発し、なにかがプチンと切れる…という流れが多いように思います。

なにか問題が起きると、『私の子育ては失敗した!」と思うのではないでしょうか?
なにがいけなかったんだろう?
なにをすればよかったんだろう?
ああしたらよかったのか?こうしたらよかったのか?
自問自答を繰り返す、夫を責める、子供を責める、学校を責める…
そして、「子供にはこういうのがいいのですよ」と聞くと、
「私は、子供にいいものを与えようとしていたのに、間違っていた。今まで私はなにをやっていたんだろう」
「わたしはむだなことをしていたのだろうか?」
と、自分を責めたり、また今までの子育てを否定されているような気がして、責められているように感じたりします。

では、そういうお母さんは、子育てが下手なのでしょうか?
よくよく見ているとそうでもない方が多いのです。
むしろ、上手く褒めてやる気を出させて、その子の力をうまくだすような、面倒を見るのがうまいタイプの人も多いのです。
ではなぜ?

私は、子育ての失敗ではなく、子離れの失敗ではないかと思うのです。
面倒見のいいタイプのお母さんは、子供が自立に向けて準備を始めるときも、子離れがうまくできずに、過干渉になっている場合が多いことに気が付きました。
まるで、幼稚園生のように、心配し、面倒をみるのです。
そして必要以上に、子供の行動や服装や、言葉遣いに、口出しをするのです。

子供が小さい頃は、ちゃんと子育てが出来ていたのだけど、子供が大きくなるスピードに、親が対応できない…という感じです。
子供がある程度小さいうちは、いい状態を与えることは大切だと思います。
しかし、小学生になるころからは、親が「いいと思って与える」という考え方をしている以上、それはもう、『機能不全家族』の初期症状なのだと思います。
違う人間である以上、価値観の押し付けになってしまうからです。
それがどんなに正しいことであってもです。
なかなか難しいですね。

結婚も、子育ても、自分とは違う環境で育った人間が一緒に暮らしていく以上、違う価値観のぶつかり合いになると思います。
そこで、力ずくで押し付け、「亭主関白」「かかあ天下」になるのもあると思いますが、お互いの違う価値観から学び合い、自分の可能性を広げていく…という生き方もできるのだ思います。
親が子に習う…という姿勢も大切なのではないでしょうか?
それには、ある程度の距離がお互いに必要なのだと思います。
一人になる時間がなければ、学び合うことはできないと思います。



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厳しい躾けは、本当の優しさがわからない人になるかもしれない

今日は、勉強会の火曜日クラスでした。
たった1つの受精卵が人になっていく姿は、とても感動的です。
そして生物としてのヒトが人間に成長していく姿もまた、感動的です。

成長は、一足飛びに行われることは絶対なくて、1つ1つの積み重ねの結果、いろんなことができるようになっていきます。
1歳くらいで、立って歩けるようになるためには、まだ胎児の頃からのたくさんの運動や練習の積み重ねがあって可能になります。
1つ抜かしはできません。

でも、私たちの親の世代では、まだそうしたことも研究されていなかったでしょう。
小さい時から、厳しく躾けなければ、良い大人になれない…と、本気で信じていたと思います。
わたしが子供の頃は、親が躾のために叩くことや、学校の先生がちゃんとしない子を、叩いたり、罰を与えるのは、むしろいいこととされていました。

その結果起きた弊害は、たくさんあります。
その一つに、人から優しくされることに飢えてしまう…というのがあります。
なので、少しでも優しくされる感じがあると、「その人は優しい人」と思い込んでしまうのです。
例えば
・大きな声をださない
・ソフトで柔らかい声質
・ゆっくり穏やかに話す
・私の話をいつも黙って聞いてくれる
・大丈夫?と気にかけてくれる
などなど

でもそれらは、例えば、なにか売り込みたいときや、お店の常連さんだったり、なにか利害が関わっているときは、そういう手法を使うのではないでしょうか?
あと、タイプの人だから、なんとか気に入られたいと思っているときとか…。

優しく接してくれるのと、その人が優しい人かは、客観的に考えると全く違うことだと気が付くのですが、優しさに飢えている状態だと、冷静な判断ができません。
そしてまんまと騙されてしまうとか、高額なお金をつぎ込んでしまうとか、…借金してまで。
また、こんなに優しい人はあったことがないと、結婚したり…。
結婚してみて、なんだか様子が変わってしまう…なんてことは結構多いです。

本当の優しさに触れたことがないと、優しく接してくれる人と、優しい人の区別がつきません。
また優しさに飢えた状態だと、冷静な判断ができません。

しかし、甘やかして育てるのも違うと思うのです。
その塩加減というか…その子の成長に合わせていくことが大切なのだ…と思います。


  

親の背中を見て、子供は育つ

子供が幼稚園に行きだすと、「一体どこで覚えたんだ!」というような言葉を話すようになります。
小さい子供の吸収力は、本当にすごいです。
いいことも、悪いことも、まわりからどんどん吸収し、自分のものとしていきます。

また子供の観察力はすごいものがあります。
親がいくら言葉で、躾けようとしても、いつの間にか親の背中をみて、いろいろと身に付けていきます。
小さい子供のおままごとを見ていると、その家の状況がわかってしまうので、端で見ていると楽しいです。
しかし、親としては冷や冷やするかもしれませんね。

子供のコミュニケーションは、両親の会話や、親とご近所との会話をお手本にしています。

私が小さい頃、よく、「言い訳するな」「屁理屈をいうな」と言われていました。
自分では、思ったことを表現しているだけなので、言い訳とも、屁理屈とも思っていません。

大人になった今、ふと思い当たることがあります。
私の両親は、誤らないのです。祖父母もそうです。
父と母、祖父と祖母、…よくケンカをしていましたが、自分の非を認めることは無く、お互いの主張をまくしたてるのです。
どちらも引けを取りません。

また、父や母が、私に対して、なにか勘違いをしたりしたときに、
「ごめん、勘違いしてた」
とは、けしていいません。
「私だって、忙しいから、そういうこともあるよ」的に、一方的に自分の都合を言って、「わかれ」とばかりにいろいろ状況を言うのです。そして、絶対に「ごめんなさい」とは言いません。
しかし、私が親から「どうしてそういうことしたの」と聞かれたときに、同じように、状況を説明すると、「言い訳」とか「屁理屈」になってしまうのですね。

結局激しく怒られて、母の屁理屈に負け、悔しい思いをしてよく泣いていました。
おかげで、とても弁の立つ大人になりました。

私が、人とのコミュニケーションの中で「ごめん」と言えていないぞ、と気が付いたのは、割と最近のことです。
「そういうときには、誤るものだ」というツールが無いので、気が付かないでいたのです。
だから、たぶん、子供が小さい時も、私は子供に対して、あやまっていないと思います。
「これこれこうだったんだ」という状況を説明し、子供の方が気持ちをおさめていたのだと思います。
申し訳ないことをしました。

そのことに気が付いたのは、周りの人の会話を落ち着いて聞けるようになったからだと思います。
インチャが優勢の時は、周りの人に対して、どう振舞ったらいいのか、なにをしたらいいのか、…などばかりが気にかかっていたのだと思います。自分がどう見えるかとか、悪い印象を与えていないか、とか。
でも、そういった気持ちが減ってきたら、周りの人たちが、どのように会話をしているかを聞けるようになり、自分の会話の癖に少しは、気が付けるようになったのだと思います。

また、いろいろ学び、子供は親の鏡であるということを知ったこともあります。
子供のコミュニケーションの仕方を観察していると、あぁ、自分はこういう風に人と接しているのか…というのが、ちょっと見えてきます。

よく「親に向かって、なんて口をきくのだ!」と怒っている親を見かけますが、たぶん親が子供に対して言っているだと感じます。
子供は、親が言ったことではなく、親のやっていることを見て、学びます。
小さい頃、子供を躾けたように、子供は親を介護します。
「子供は言ってもきかない、だから叩いて躾けるのがいいのだ」、と考えて育てている方もいるでしょう。
でも、そのしつけ方は、自分が年をとって、家族の介護が必要になったときに、その結果がかえってくるのだと思います。


だれでも大冒険の勇者なんです

今回の勉強会は、毎回復習しながらゆっくりと進みます。
『身体とこころの発達とプラーナ』では、やっと出産の段階まで進みました。
胎教というを普段あまり考えたことがないと思いますが、インチャの癒しをするときに、過去の小さい自分を理解するためには、とても大切な時期になります。
人生の始まりの時期であり、生きる上で必要なことをすでに学び始めています。
人は、第一印象が大切と言いますが、人生の始まりの印象で、生きるということをどう感じるか、…まさに第一印象です。

今日は、出産の動画を探していたら、2つ見つけました。
そのうちの1つは、2時間くらいかかるので、40分くらいの方を使いました。

https://www.bing.com/videos/search?q=%e5%87%ba%e7%94%a3&&view=detail&mid=A9119A8C52F96FF11EFAA9119A8C52F96FF11EFA&&FORM=VDRVRV

もう一つは、長いので、各自見ていただいた方がいいと思います。

https://www.bing.com/videos/search?q=%e5%87%ba%e7%94%a3&&view=detail&mid=EA649C901616239D88CBEA649C901616239D88CB&FORM=VRDGAR

私たちは、こんな大冒険を経て、今に至っています。
どんな人でもです。
だから、ダメな人も、生きていてしょうがない人も、いないってことだと、思うんです。

 出産は勇者の大冒険


世代間連鎖を脱し、人生を再構築していく…

どうしたら、人間関係を苦しくする、この囚われから抜け出すことができるのでしょうか?
気が付くことも難しい、生まれ育った環境での価値観…。
『普通なのだ』と思っている限りは、変えいることは不可能かと思います。

せめて『普通なのか?』と疑問を持つことができたら、可能性は出てくるでしょう。
『普通じゃなかったじゃん、ひどかったよね!』と思えたら、囚われから抜け出す可能性が高くなります。

それか一番できるのが、思春期の反抗期の時期です。
それまでの、小さい頃の両親との信頼関係がちゃんとできていたら、しっかりと疑問をもち、自分のオリジナルもいれて、生きる価値観を再構築できるでしょう。しっかりと、反抗することもできると思います。

『いい子』はそれができません。
親の価値観に疑問を持つことは、裏切り行為も等しいのです。
子供は親に反抗しようと思っているわけでは無いのですが、8歳~10歳にくらいから、親と考えや大切なものが少しずつずれてくるのです。
子供としては、いままで通り普通にしていても、親から見ると急に反発してきたように感じてしまうようです。
そうすると「親に口答えするとはなにごとぞ!」とばかりに、激しく押さえつけられます。
厳しく怒って抑えつける親もいますし、優しいけど、諭すように抑えつける親もいます。
親の意に沿うことだけ褒めることで、知らずに行動を抑えつけられていることもあります。

さて、自分の人生で、価値観の再構築をしてこなかった方、つまり反抗期が無かった方は、「いい子」の人生を歩んできたのではないでしょうか?
まじめにやっているのに、人間関係がうまくいかない、物事がうまくいかない、トラブルがおきる…などがある方は、親からの価値観を見直すことなく、いままで生きていた…ということになるのだと思います。

そうすると、人生のどこかで、一度親を徹底的に、『間違っている』と思うことも必要ではないかと思います。
親の間違った子育ての中で、自分は本当に傷ついたのだ…ときちんと認めることではないかと思います。

そうじゃないと、どこかに、「そんなことくらい大したことない、わたしは、もっと厳しく親から言われた」と、どこか正しいことなのではないか…という思いが残るので、価値観を見直すところまでは至らないのです。
そして、いつの間にか親と同じような言動で子育てをしていることがあると思います。
親がとても厳しく、嫌だったから、子供には絶対そんなことはしない…と思っているのに、同じことをしている…という世代間連鎖が作用し続けるのです。

自分の価値観の再構築は、その後になってきます。

結婚、子育て、部下育て、後輩の指導、次の世代を育てる…
それは、大変面倒なことかもしれませんが、自分の人生の価値観を再構築する、大きなチャンスでもあると思うのです。

  
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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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