夏越の大祓い

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毎年6月になると、多くの神社では、本殿の前に「茅の輪」が置かれていて、参拝に訪れた人は、茅の輪くぐりをします。
6月30日は、夏越の大祓いがあり、人型に病気や身体の痛みなどを写し、清めていただいたりと、割と馴染みのある行事ではないかと思います。

わかりやすく書いたサイトもあるので、ご存じの無い方は、ご覧になってみてください。

茅の輪くぐりの由来や意味は?正しいくぐり方や作法!

私たち多くの方は、なにか不幸な出来事があると、特別に試練を与えられているような気がしたり、運が悪いと思ったり、罰が当たったと思ったりするのではないと思います。
しかし、神様仏様が、私たちを懲らしめるために、罰を与えることはありません。悪いことをしたからと、とっちめることもしません。

自然の仕組み(心理)というのは、とてもシンプルです。
よくよく客観的に見ていると、別に特別なことが起こっているわけではないということが理解できます。
そうはいっても、この「客観的にみる」といのが難しく、自分の経験や、自分の理想を入れて、物事をみてしまうのでが人間です。ある程度の霊格がないと、客観的には観ることが出来ないようです。

霊格という耳慣れない言葉を使いましたが、ホームページで詳しくかいているので、ここでは説明をいたしません。

こちらをご覧ください。⇒霊性のランク 霊格について

この「自然の仕組み(心理)」とは、仏教では「因果応報」といいます。
私たちに割と馴染みのある言葉ではないでしょうか?

現在人にもわかりやすく書かれたものとして、「原因と結果の法則」という書籍もあります。


簡単にいうと、今起きていることは、自身の行いの何かの結果である…ということです。
いい行いをすれば、自分にいいことが起こり、悪い行いをすれば、自分に悪いことが起こってくる。
とてもシンプルです。

しかしここで問題なのは、この「善悪」のとらえ方です。

私たちは誰でも、今までの人生経験や、それぞれが思う理想の中で「善悪」を考えてしまいがちです。
この私たちがもっている「善悪」は、客観的にみたら、「それ違うんじゃないかな」ということがけっこう含まれています。
さらに、ご神仏様からみると、私たちが「良いこと」と思って行っていたことが、実は間違っていて、悪いカルマを重ねていることも多いのです。
この「今までの人生経験や、自分が思う理想の中での、善悪」のことを、価値観といったりしますが、くるりんでは、この善悪の価値観のことをインナーチャイルド、略して「インチャ」と呼んでいます。
この善悪は、国によって、時代によって、地域によって、立場によって、人によって、違います。
なので人は「正しさ」や「良いこと」によって、お互いに傷つけあうことが多いのです。

私たちは、善良に生きている、人を傷つけないように生きているのですが、しかし、魂レベルでは、その中で罪穢れを積み重ねています。
この知らずに積み上げている罪穢れをきれいにしてくれるのが、御祓いだったり、神社で行われる、夏越の大祓いや、年末にある大祓いで、半年分、1年分の汚れをきれいにしていただくのです。
神社で祓い清めていただくことは、とても大切なことです。
わたしは昨日は、行きそびれてしまいましたが、年末の大祓いにはぜひ行きたいと思います。



くるりん インナーチャイルドの癒しのレッスンのご案内

自分を傷つけられたくない、ちやほやされたい、人よりも優先されたいという気持ちは、実は自己愛からきています。
自己愛の強い人は、自分だけを大切にされたいと思います。そういう人は苦しみを遠ざけようとします。
そういう風に、自分だけ良くなりたい、自分だけ苦しみが降りかからないようにしたいと感がえる人のことを神様はあまりよく思われません。そうではなく、どんな人にも感謝が言えたり、どんな状況でも愚痴を言わずに感謝が言えるような人のことが、神様はお好きなのです。

私が小さい頃のまわりの大人たちは、愚痴ばかりでした。おじいちゃんはおばあちゃんの愚痴、おばあちゃんはおじいちゃんの愚痴、お母さんは、お父さんの愚痴、お父さんは、お母さんの愚痴、おばさん方が集まると、おじさんたちの悪口大会…。私は、そういう大人たちを軽蔑していました。しかし、わたしもいつの間にかそういう大人になっていました。
辛い状況が苦しいのではなく、感謝がいえないことが苦しいのです。
感謝に思えないうちは、苦しみから抜け出していません。毎日が地獄のような日々でしょう。

お釈迦様は「人が苦しみから抜け出せないのは、真理を知らないからだ」と、おっしゃっています。
人に感謝がいえる生き方は、人に評価されるのではなく、人から喜んでもらうような生き方です。
仏教の言葉で、「忘己利他…己を忘れて他を利する」という言葉があります。
自分の評価や、自分が人から良く思われること、人から大切にされ優先されることを求めることをやめて、人に喜んでもらう生き方、そういう生き方を神様は喜びます。まさに神様に愛される生き方です。
そういう生き方ができるように導くのが、くるりんでのインナーチャイルドの癒しと昇華になります。

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「敏感すぎて」生きるのが辛い

同じように育てたつもりなのに、この子だけなにを考えているのかわからない、
または、兄弟姉妹の中で、自分だけ何故か浮いているように感じる、
自分だけ親の愛情を素直に感じることができない、
周りの人となんか違うように感じる、
皆がおもしろいということが、面白いと思えない、
感覚がずれている、

そういったタイプの方が、いらっしゃいます。
ご家族の中で、「わがまま」「神経質」「気にしすぎ」と言われてしまう方がそうです。
例えば、この書籍に載ってるようなタイプの方です。



親兄弟には同じようなタイプの人がいないのに、自分だけだ…というように、家族に1人しかいないことがほとんどのようです。
しかも少数派なので、人と分かり合うことが難しいのです。
なかには、霊媒体質の方もいます。
そういったタイプの方の中には、霊性的な問題が絡んでいる方が多いと感じています。

なかなか理解が難しい分野ですが、霊性や霊格を理解し、修行的生活をしていかないと、なかなか楽に生活をできるようにはならないようです。
大半の人が幸せだと感じる生き方では、どうもうまくいかないのです。

わたしなどは、そのようなタイプの方がいらっしゃると、まず、山に連れて行くことを考えます。
普通に生活するだけでも、普通の人より格段に疲れ切っていますので、疲弊した感じでくるりんを訪れます。
はじめは、「山なんてとてもとても」と思っていますが、数か月通っていただき、少し元気になったころに、半ば強引に一緒に行くのです。
そうすると、楽に呼吸ができる感覚、意外と疲れないどころか、日ごろの疲れが取れるような感覚を味わっていただくのです。
そういう環境で生活できれば、一番いいのでしょうが、そうもいかないでしょう。
人里離れて生活していくのは、なかなか大変です。

くるりんでは、普段の生活が少しでも楽になるように、一緒に勉強をしていくのです。
霊性を向上していくことで、生きることそのものが楽に感じられるようになっていくでしょう。

くるりんのホームページでは、霊性の向上や霊格については、こちらで紹介しております。

生き方コンシェルジュくるりん 霊性の向上

生き方コンシェルジュくるりん 霊性のランク霊格について


今の自分の置かれている状況、苦しみ、病気…そういったことが、今生や今世だけは説明できないことも多くあります。
輪廻転生、カルマ、あの世のこと…そういったことを、おどろおどろしい情報ではなく、普遍的な理を知ることで、理解し、解決していくことが出来ることがたくさんあります。
しかし残念なことに、知識だけで、普遍的な理を正しく理解することは不可能なのです。
それなりの師につき、修行をし、霊性をそれなりに向上した後でやっと理解できる世界ではあります。

敏感すぎる人、愛着の問題を持っている方、大人の発達障害、様々な依存症、原因不明の痛みや体の不調…
そういった方に、修行的生活は、とても合うのだと思います。


 

霊性とプラーナとインナーチャイルドそして、坐禅会

昨日8日は、長野県岡谷市にて雪が降り積もる中、勉強会を行いました。
お題は、『霊性とプラーナとインナーチャイルド』で、初めての内容でもあります。
そのせいか、参加者は思ったよりも多く急きょ会場を広い部屋へと変更いたしました。
一緒に坐禅会に参加するために東京からいらした方、山梨からご夫婦でお見えになった方、長野県でも山を越えていらした方…。
くるりんのレッスンを長年受けている方より、今回は、初めて勉強会に参加された方が多かったです。

どうしても、しくみを淡々と説明することが多く、どの程度とどいたのか…と思っていたのですが、終わった後に感想をお聞きしたら、

すごくわかりやすかった
いろんな勉強をしたきたが、どこでも聞いたことが無い内容だった。
この内容で1000円は安すぎる。
などなど…

ぜひ仲間にも聞いて欲しいと言事で、講師としてお呼びいただけるようなお話もでてきて…
いま、すごく求められていることなんだな…ということを実感しました。

勉強会の後は、久保寺の坐禅会に向かいました。
そこで知り合った方も数名、勉強会に参加されていましたので、そのまま車に乗せていただきました。
1月の参加は初めてでしたが、暑がりなわたしも、ずっと震えがとまらず体の芯から冷えるほどの寒さでした。
身体はガタガタと震え寒くて、大変でしたが、頭は澄み渡る感じで、気持ちよかったです。
終わった後は、ご住職からお年賀と、お札をいただきました。

久保寺では、2月4日の節分では、毘沙門天節分会ということで、法要と福豆まきが行われるそうです。
禅寺としては珍しく護摩をたくそうです。
護摩炊きは、御嶽講の方をお呼びして行われるそうです。
御嶽と言えば、噴火するまでは毎年、峯入りをしていた縁あるお山です。

年始めから、とてもご縁を感じることが多かったように感じました。
とてもありがたい始まりです。


  

夏なので怖い話をひとつ

生き方コンシェルジュくるりんです。
雨続きですが、夏は夏なので、怖い話などしてみたいと思います。

たくさんの方のお話を聴く仕事をしていて気が付いたのは、霊感の強い方や霊媒体質の方は、思ったより普通にいるのだな…ということです。
テレビなどを怖い話系の番組を見ていると、ごく一部の人にしかない特殊能力のように感じます。
でも、人には言わないだけで、見えたり聞こえたりする方や、自分では気が付いていないけど、霊媒体質の方は割と多いです。

さらに詳しく聴いていくと、先天的な方と後天的な方がいるのですが…
その話はまた後日に回すとして、今回は、大学の時に同級生から聞いた話を…。

東京都下の大学に行っていましたが、安アパートに住む貧乏学生が私も含めたくさんいました。
木造のワンルームの狭いアパートで、隣の声が丸聞こえ…なんてところも多かったです。
そんな安アパートに住んでいる学生の一人で、霊感が強く、よく見えたり聞こえたり…とする人がいました。
夜中に目が覚めて、苦しそうなうめき声が聞こえるなんて、しょっちゅうあったそうです。

そんな話を聞くと、私は、そういったことが感じない人でほんと良かったと思います。
夜中に目が覚めて、血だらけの顔があったら、絶対に嫌です!
睡眠をうめき声で遮られるとか…
しかし、その友人は、慣れっこになっていました。

その日も寝ていて、気が付くと、夜中中、苦しそうなうめき声がどこからともなく聞こえたそうです。
起きるのも面倒なので、気にせずに「うるさいな」と思いながら、うつらうつらしていたそうです。
なんとなくガス臭い気もしましたが、それもあまり気にしなかったそうです。
そして、いつの間にか深く眠りに落ちて…

次の日…
なんか騒がしくて目が覚めたそうです。
そして、ドアをたたく人…。
開けてみると警官が…。

なんと、隣の住人がガス自殺をしたそうです。
警官は「昨夜なにかおかしなことが無かったか」と近所に聞いて回ってたとのこと。

夜中中聞こえていたうめき声は、実はリアルな、人間の声だったのです。
一歩間違えてたら、巻き込まれて、自分も死んでいたか、爆発でもしてけがをしたかもしれない…
と考えたら、とても恐ろしくなったそうです。

生きている人間が一番怖い…というオチではありますが…。
集合住宅でのガス自殺は、やめてほしいな…と、つくづく思いました。



くるりんのホームページで霊障についてのページ
障りについて

日本の信仰心について感じたこと

峯入りから戻ってきました。そのせいか、なんか信仰心について書きたくなりました。
こういったネタは、私としては、珍しいです。
宗教臭がするのはイヤ…と、苦手な方は、読まずに飛ばしてくださいね。
また、お読みいただく方も、これはあくまでも、今の私の感じたことで、1年後には、違う感じ方になっているかもしれません。
その辺は、了解の上、読んでくださいね。

今回の峯入りも結構な雨続きでした。晴れていれば、そんなに大変ではないかもしれない登山道も、ぬちゃぬちゃ、べちょべちょで、しかも滑るし、最後まで気が抜けない山行となりました。
しかし、山頂が近づいていた時に、一瞬ずっと雲の覆われていた山頂の岩肌が姿を現しました。

「お~~~!」
畏敬の念というのは、こういうことをいうのだろうと思います。
畏れ多く感じる気持ち…、でも怖さとは違う…どちらかというと大いなる安心感というか…しかし、「なめちゃいかん」という気持ち…
憧憬の念もあり、「よし行くぞ!」という気合、少しでも近づきたい気持ちになります。

日本人は、昔から、大いなる自然から学び、生活も自然と共にありました。
そして、なんでも感でも神様が宿ると考えていたのです。だから八百万の神。
八百万の神…というのは、一神教の国々からみると、なんとも摩訶不思議な感覚なのでしょうね。
全ての生物、そして無生物、人が作った無機質なものまで、全てに神様が宿ると考える、日本の信仰心。
なにかの宗教に属するのでは無く、ただすべてのものに、感謝と尊敬をもって生きていくこと、そして、自然の力に対する畏れrる気持ちを持っていること…それが日本人の生き方ともいうべき信仰心なのではないでしょうか?

熊本に行ったときには、いつ噴火や台風などの災害が起こるかもわからないことすらも、日常の中にあり、自然とともに生きているのだ…と感じられました。そういう人たちはたくましいです。ちょっとやそっとでは、へこたれません。

しかし、この畏敬の念をもって生きている人は、少なくなっているように感じます。
なんでもかんでも、努力すればなんとかできる…と考えている。自然の大いなる力すらも、コントロール可能だと考えている。
確かに科学の進歩により、かなりの部分がコントロール可能となり、便利になりました。
そのことが、私たちの幸せをもたらしているのでしょうか?
むしろ、他の自然と分断され、孤立化を深めているだけのように感じます。
また、コントロールを失った時、…例えば、災害などで、立ち直れないほどの挫折感を喪失感に見舞われるのではないかと思います。とても弱くなり、大丈夫なときも、なにかしらの不安感の中に生きているように思えます。

そのせいか、パワースポットが流行っています。
では、最近のパワースポットブームは幸せをもたらしているのでしょうか?
ある人にとっては、そうかもしれません。
しかし、素晴らしいものをなにかしらに与えてもらおうとする姿勢は、それがないと、やっていけない…ということにも繋がりかねません。
そうなると、「自分は、よりたくさんもらおう」という姿勢にも繋がるでしょう。
お金の豊かさが、良いパワーに変わっただけで、生き方自体は、もしかしたら、同じなのかもしれないな…とも感じます。

自然から、なにか良いものをもらおう、頂こうとするのではなく、自然から学び身に付けていく、そして共存してく…というのが、本来の日本の持つ、信仰心ではないかと、今の私は考えています。

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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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