なぜあなたの価値観を洗濯しないのですか?

いろんな方を話をしていて「なぜそのこだわりを手放さないの?大切な人(もの)を失ってまで守るべきものなの?」という質問にたいしてよく返ってくる答えは
「だって性格ですから仕方がないんですよ」
「だってそう思っちゃうんですもん。それが私なんです」
「そこ変えちゃったら、わたしじゃないじゃない」
というようなことです。

あたなの性格とか湧いてくる感情とかついやっちゃう行動とかのベースになっているもの、素(もと)はあなたの価値観です。
価値観というものは、例えていうのなら洋服とかファッションのようなもので、あなた自身ではありません。
もちろんあなたらしさというのは、ファッションにあらわれるでしょう。
でも、どんなにお気に入りの洋服で毎日着たいくらいだったとしても、洗濯はするでしょう。
洗濯をしないでずっと来ている人もいるかもしれませんが、そうしたら、垢がたまり汗もしみついて時間が経つほどに悪臭がしてきます。毎日きていて慣れてしまっているから気がつかないかもしれませんが、近くにきた人は顔をしかめるでしょう。
また、ファッションは年齢によりまた、その時の趣味嗜好により、流行により、気候やシュチュエーションにより、変わっていくものです。例えばいくらジャージが好きだといっても、親族の結婚式にいつものジャージを着てはいかないでしょう。

価値観はそれと似ています。いくらお気に入りの価値観でも、その時は新鮮で役に立った価値観でも、ずっと手放さずにいると「こだわり」という垢がついてきます。ひどい時は悪臭を放ち近づいてくる人の顔をしかめさせてしまいます。
また時代により、立場により、自分の成長とともに変わっていくのが普通です。

いくら肌に密着する服も「これは自分の皮膚である」と言い張る人はいないと思います。
でも価値観となると「これが自分だ」と言い張る方が多いです。
変わらずに持っている価値観は子供っぽく見えてしまいます。なぜなら子供のときからもっている価値観だからです。

この頑固にもっているこだわりの価値観…それがインナーチャイルドです。
価値観は子供で、頭では大人の価値観を知っていたりするので、言っていることとやっていることに矛盾があったり、そう思っているならなんでそんな考えになるんだ?とちぐはぐになってしまいます。
価値観が子供で、言動も子供の人は、「モンスター」とか「自己ちゅー」とか言われている人たちです。
そういう人たちの多くは、自分らしさを表現していると思っています。
大人なのに赤ちゃんの服装で会社に行くようなものです。

自分でかっこいいと思っていて満足しているのであれば別にいいと思いますが、子供の価値観のままで生きるのはとても苦痛を伴います。この子供の価値観とかこだわりの価値観というものは、俗に言う「欲」とか「煩悩」とか言われるもので、苦しみの素となります。薪を起こすのに必要なのは小さな火種です。ちょっとの欲や煩悩が大きな苦しみを生みます。
だから、こだわりの数は少ないに越したことはありません。

裸の自分が本来の自分であるように価値観をとっぱらったところに本当の自分がいます。
それが「魂」です。人は肉体と魂でできています。そして先祖からDNAや教育を通じて受け継いだ価値観や前世で身につけた価値観や生きていく上でもった価値観が「喜怒哀楽」という心を生みます。
裸になると楽で気持ちがいいと感じるように、喜怒哀楽という心を超えた魂で感じると、楽で気持ちよく自由を感じます。本当の喜びを感じることができます。こだわりのあるままでは感じることのできない喜びです。
よく人は「感情に振り回される」といいますが、まさにいろんなことに振り回されなくなり、自分が思ったように行動し生きることができます。自分で思ったように生きるということは思ったようにならなくても、満足感があるということです。思うようにならないこともまた喜びとなります。
でも反面、裸の状態はなんか心もとない感じがしますよね。それと同じようになににもとらわれずに自由に生きるということは、不安を伴います。なんか守られているものが無いような心地悪さを感じるでしょう。

なので、そのこだわりを脱ぐ前に「不安」を少なくしたり、打ち勝つ心の強さをつくる必要があります。
それが日々の「行」になります。
「行」というと大層なことに聞こえるかもしれませんが、なんのことはありません。
まずは規則正しい生活を続ける、しかも喜んで感謝の心でやり続ける…それが「自律」の力をつけます。
自律の力は自制心だったり、忍耐力を養うのに欠かせないものです。まさに心の強さです。

でも、やりたいことを我慢するというのとは違います。
我慢する力は大切ですが、そこに我慢したことにたいする強い「怒り」を感じるようではいけません。
「怒り」のしたには「インナーチャイルド」がいるので、我慢して頑張れば頑張るほど、この「インナーチャイルド」を育ててしまう結果になります。つまり煩悩を強化してしまうことにつながります。苦しみは増す一方でしょう。

喜んで日々の暮らしを淡々としていく強さ…が秘訣になります。
さて1月ももう半ばをすぎました。
今年はあなたも価値観の洗濯をしてみませんか?
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勉強会の案内

前々回、前回の記事で、満員電車での出来事から、同じ場面にいて同じ体験をしていても人によって見え方が違うとことを書きました。

親子であれ、夫婦であれ、親友であれ、見えているものが違っています。
思い出話をしたときにされぞれが違うように言ったり、覚えている箇所が違っていたりという体験はなさっていると思います。事実と私たちが思っている大半が不確実なんです。
よく口約束で言った言わないってもめるのも、そこからきていてどちらかが正しいのではなく、どもらも正しいことが大半です。同じことを見たり聞いたりしても、人は自分の都合がいいように解釈したり、自分の価値観で理解したりしています。そして、記憶にとどめます。だから見えている景色が違うのです。

ということで、言った言わないの水掛け論になり、解決できないか、解決してもしこりを残すことになるのです。

自分が事実だと信じていることが不確実だとしたら、一体なにを信じればいいのでしょうか?
それはその出来事や言葉に対して、「自分がどう受け止めて(どう理解して)、そのように感じたか、自分はどのような感情を抱いたか」ということだけは正しいことです。
人がなにを感じるか…それには正しいも間違いもありません。その時に自分がどう受け止めどう感じたかは動かしようもない事実です。なので、物事を解決するときにそこに着目していきます。

その時の出来事や言葉に対し、どっちが正しいか…という目線は「犯人探し」というのですが、争いや憎しみを生むだけで、なにも解決しません。しかもとても疲れます。
どっちが正しいかということを追求することをあきらめたほうが、その問題を解決に導くでしょう。

インナーチャイルドの癒しの勉強を初めてから、こじれていた親子関係や夫婦関係や友人関係を修復する糸口が見つかった、コミュニケーションがとれるようになった、どうしたら良い関係を築いていけるかが見えてきた…という体験談を多数いただいています。
「もうだめだ!」と思っていたところにも、解決の糸口が見えてくるのが、くるりんの「インナーチャイルドの癒し」です。

***いよいよ明日開催 勉強会のお知らせ***

『インナーチャイルドの癒し』へのご招待

病気や生き方で行き詰っている方
目標に向かって頑張っている方
打たれ弱い方


ぜひご参加ください。

「インナーチャイルドの癒し」ってなに?「プラーナテラピーでは、いったい何をするのか?」について簡単にお話いたします。

今までなにをやっても良くならなかった方、物足りないと感じている方、ぜひお試しください。
新たな道しるべがみつかるかもしれませんよ。

下記の勉強会はすでに終了しております。
日時 : 2014年 1月19日(日)
     10:30~12:00
場所 : 東京都東大和市南街6-11-2
参加費: 2000円


満員電車で②

昨日の出来事からさらに思いを馳せます。
その出来事は置いといて「寒い」とか「暑い」とかの状況や外の環境を変えることができないことも多いです。
暑かったり寒かったりがあまり激しいとストレスになります。
ストレスがある状況になった時の行動はいろんなパターンがあるなぁと電車に乗っている人を見ていて思います。

先ほどの人は声に出して「寒い、止めてくれ」と訴えてましたが、声には出さないけど、心の中で「なんだ今日の車両は寒いな。乗っている人のことを全然考えてくれてないな」と思っている人はたくさんいるでしょう。
また、暑い寒いだけでなく、「なんで今日はこんなに混んでいるんだ。みんな時間差通勤してくれればいいのに、こんな時間帯に遊びに行くなよ」とストレスに思う人もいるでしょう。

例えば寒い時に、バックからひざ掛けを出す人もいます。どんな時でも調整できるように持ち歩いているのです。
でも、自分の行動は変えずに、文句に思うだけの人もいます。
自分で温度差を調整できるようにひざ掛けを持参している人は、ストレスが少ないでしょう。それは、よく私が勉強会で「自分の内面を見ている」と言っている状態です。
反対にストレスに思う状況に対して文句をいっている人は、「自分の外側をみている」状態です。

くるりんで勉強をされている方が、自分ではいたって冷静に分析をしていると思って話していても、私に「事象の外側ばかりみてますね」と言われてしまいます。
事象に対して「そのことを自分がどう受け止めどう感じているのか」が内側をみるということです。
外側ばかりみていてもなにも変わりません。ストレスに思うことはずっとストレスになります。我慢を続けているとストレスが高じて病気にもなりかねません。あまり発展的なやり方ではないようです。
自分以外の人や環境を変えることはかなり難しいけど、自分であれば変えることは可能です。内面をみれば、解決する糸口が見つかります。

頭でわかっていても自分の内側をみるという訓練が日頃されていないので、なかなか難しいです。
ただ、自分を責めるのが得意な人はたくさんいます。反省は必要ですが、後悔はそれもまたストレスとなり病気の元になりかねません。百害あって一利なしです。まわりも自分も責めることなく、内側に目をむけることができるとストレスレスな生き方ができるのではないでしょうか?

満員電車で①

最近は、毎日ぎゅうぎゅう混みこみの電車で通勤しています。
大変な反面、地上を走っている場所では、朝日が見え、お天気によっては富士山が見え、そして遠方にスカイツリーがみえます。それに女性専用車両なるものがあるので、身長の低い私にはとても助かります。満員電車で周りが男性ばかりだと、二酸化炭素ばかり吸うことになってしまうからです。まぁ髪の毛の長い方の髪の毛パンチはちょうど顔にくらってしまうのですが…。
できれば、荷物を置く棚ももう少し低くしていただけると楽なんですが、届かない私は毎日大きな荷物を持っているので、辛いですし、周りの方にも申し訳ないです。しかし、届かないのです。
つり革も腕いっぱい伸ばすので、結構辛いです。…が、健康ぶら下がり器的に背中が伸びるので、ついでに肩のストレッチをしたりしてます。荷物が重いので負荷がかかりすぎることがあり注意が必要ではありますが…。

さて地下鉄は特に混雑がひどくいろんな方がいて、いろんな場面に出くわします。
今朝は、ある駅についたときに年配の方の品のある声で
「大声で叫ばなければいけませんよ」
という声が右側のドア付近から聞こえてきました。
みると、立っていた位置と反対側のドアが空いているが、この駅で降りる人はなく、またたくさんの人が乗ってきているので、どんどん反対側に押しやられて身動きができない若い子がいました。

それを見かねて声をかけたのでしょう。
その表現がステキだなって思いました。
「降りる人いま~す。」と自分が声をかけるでもなく、知らん顔するでもなく、「なにやってんだか」と文句をいうでもなく…
「大声で叫ばなければいけませんよ」と、凛とした声で毅然としかし優しさがある声でその子の背中を押すようにかけた言葉。自分で切り開くのよ!的な自発性と自立性を促す言葉にはっとさせられました。

その直後に「おりま~す!おりま~す!」と大きな声で何度も言いながら無事に降りていった若い子。
その後自分から声をかけて降りることができるでしょう。
そして、「満員電車はたくさんの人がいて怖い」から「自分を見守ってくれている優しい人もいるんだ」という思いへと変わり、今までよりずっと緊張しなくてもよくなったんじゃないかなって思います。そう考えるととても嬉しくなってしまいました。

「今日はいい日だな」
って思っていたら、次の駅で乗ってきた人の怒鳴り声が左側から聞こえてきました。
今の品のある声が聞こえてきた方向とは逆の方向です。

「冷たい風は止めて!冷房は止めて!」という怒鳴り声がずっと聞こえてきます。
それまでの電車はほんわかあったかい感じでしたが、なんかそういえば急に車内が寒く感じられます。
その声はその後「本当に寒いんです~。止めてください~。」って懇願するような感じになり、その人の恐れを感じました。おそらく知的障害者で言えば止めてくれると思っているようです。そして見えませんでしたが、近くの人が気持ちを落ち着けようと話をしている感じでしたが、寒いそして誰も止めてくれないという思いでいっぱいのようでした。
その人にはこの満員電車がとても恐ろしい場所に思えているのだなぁって思いました。

同じ電車の同じ車両だけど、その人によって感じ方は全く違うのだな、見えている世界は全く違うのだなって改めて考えさせられる出来事でした。同じ電車に居合わせ、同じ体験をしているけど、また人によって捉え方が違うのだろう。またその捉え方により、見える世界が違うのだろうとしみじみ思いました。

>>つづく

驚きのアシナガバチとホメオパシー

仕事が再開しやっと正月気分から日常へと戻りました。
さて、先日ホメオパシー健康相談会に来ていただいた方から、家庭用キットを使った体験談をいただきました。

あるクライアントさんですが、ある日子供と公園でサッカーをするために出かけようとしていたときに、上着を手に取ったのですが、いきなり指先に激痛が走ったそうです。どうやらその上着に紛れ込んでいたアシナガバチがいたようで、上着に隠れていたところをつかんでしまったようです。もちろん驚いたアシナガバチは襲ってきた敵(指)を刺しました。

その方は「生まれて初めて蜂に刺されましたが、あんなに痛いんですね」と言っていましたが、神経の集中している指先です、かなり痛かったのは想像できます。
あまりの痛みにパニックになりながらも家庭用キットを手に取りましたが、痛みのために集中できず、なんのレメディーかを思い出すことができなかったそうです。それでパッと思いついたカンサリスをとりましたが、その途端あんなに痛かった痛みが引いていったそうです。
その他のレメディーもとりつつ様子を見ると、見る見る内に腫れも引き痛みもほとんど無くなったので、その後予定通り公園に出かけ、子供とサッカーをしたそうです!(私だったらやめるって~)
公園から帰ってきて蜂に刺された指をみたら、もうどこを刺されたかわからないくらいで跡も残らなかったそうです。
「本当に驚きました」とクライアントさんは言っていました。

驚きといえば、人生で今まで蜂に刺されたことが無いことにも驚きですし、その後子供とサッカーをしたことも驚きですが、やはり、ホメオパシーは緊急時にすぐにとったときが驚きでしょう。もっとも、一番驚いたのは、暖かくゆっくり休んでいたところをたたき起こされたアシナガバチかもしれませんが…。

今、長野諏訪クラスでは、プチプチさんが企画してくれて家庭用キットの勉強会を行っています。4回講座ですが、毎回評判も良く、お手持ちのキットをさらに活用していただいています。いままでまったく使っていなかったものもこんな風に使えるんだと新たな発見もあるようです。

やはり今回の体験談にもあったとおり、緊急時にすぐに使えたほうがいいので、今後、東大和市クラスや千葉松戸クラス、できれば長野クラスや安曇野クラスでもやっていきたいと思います。またご要望があり、企画していただければ、可能な限り出向いて行きたいです。

ちなみになぜ火傷したときに使用するカンサリスでも反応があったかというと、「ヒリヒリした痛み」「熱を持った患部」ということです。「同種療法」のいいところは、「似ていればいい」ということですね。ピッタンコでなくてもいいのです、似てさえいれば。だから、とりあえずとる…が大切です。

新年早々の電話

新年早々、知人から電話がきました。
その知人は今では熱心なホメオパシーユーザーです。

ユーザーになるきっかけは数年前にインフルエンザのワクチンが足りなくなったことがあったのですが、そのことがきっかけでした。
毎年インフルエンザのワクチンを打っていたのにできなくて心配だからホメオパシーでなにかないのかと、ホメオパシーのホの字も知らなかったその知人からの無茶ぶりだったのですが、「まぁ、どうせワクチンが入ってくるまでの間だろう」と思い、家にあったものを分けただけだったのですが、どうもそれがよかったみたいで、それ以来のユーザーです。
その知人はそれはもうまじめに、たとえ体調が悪くてもこの日にと言われれば、無理してでも病院に通うタイプなので、ホメオパシーは本当に一時的に精神安定のためだけに使うのだろうと、その時は知人も私も思っていました。
もちろん端から信用していません。どういった療法かなんて話もききません。「いいからなにがいいのか教えて」…ってはじめはそんな感じでした。

しかし、翌年も欲しいと言われたので「私は商品を取り扱っていないけど、通販でふつうに購入できるよ」と教えてあげたら、ここ数年でいつの間にか熱心なホメオパシーユーザーになっていたようです。
1年に1回ほど、「こういう状態のときはなにがいいの?」と聞いてくることがありました。また、好転反応のときは不安で電話をかけてくるのですが、「よくなることがいいこと」という価値観で70年以上生きてきたのでなかなか安心させることが難しいなと、面倒に思うこともありました。

その知人から新年早々の電話です。多少気持ちが重くなっても仕方がないでしょう。
しかし今回はその期待を裏切って思いがけない内容でした。
もともと主婦湿疹があって何年も、それこそ体調が悪いときも熱心に皮膚科に通い(しかも、足が悪いのにその皮膚科は3Fにあり、階段しかない皮膚科といっていた)、薬もいろいろ変えて言われるままに、塗ったり服用したりまじめにしていたようです。そのときは一瞬よくなるけどまたすぐに出てきて本当に困ったそうです。

それがホメオパシーを使うようになって、半年で良くなってしまったということです。あの面倒な電話は「あぁこの半年間だったのか…」と今更ながら合点がいきました。皮膚の好転反応は痒みや痛みという不快な感覚が必ずあるからです。もともと辛抱強い人ではあるけど、それにしてもよく一人でがんばったなぁと思います。

ここ数年寒い冬がきても再発が無いということに気がつき、喜びのあまり「こんないい療法を教えてくれてありがとう」とお礼を言いたくて、新年早々電話をしてきたということでした。
そして、自分が使ってみていいと思ったものを多くの人に知って欲しい、みんな使って欲しいという、思いで体験談をブログに書くことを快諾していただきました。

本当にありがたいです。そして「ちょっと面倒だなと思ってごめんなさい」って心の中で思いました。
新年早々いつもより優しい気持ちになれた年明けでした。

「プラーナ」について…その7

最後になりますが、くるりんでの「インナーチャイルドの癒し」は、苦しみからの脱却への実践になります。具体的方法です。
「ローマは1日でならず」という言葉通り、地道で長い道のりかもしれません。
くるりんでの「インナーチャイルドの癒し」の方法は、一瞬でバラ色の人生が見えることはありません。
道しるべはありますが、自分で立ち上がり自分の足で歩き続けなければなりません。
ある意味苦しみともいえるでしょう。
でも、今までの十分長い時間を苦しんできたのであれば、コツコツ地道という苦しみのほうがましかもしれません。
その先には「希望」があります。「光」があります。なにより、自分の人生を自分の足で歩くことの喜びがあります。
苦労して得た喜びは、何事にも変えられません。
おなじ人生でも、「やった~!」と言える体験をしたほうが充実感をもって生きることができるでしょう。。
あなたはどう思われるでしょうか?

さて、今年は午年です。思い切って自分の壁(肉体に囚われた自分)を飛び越えて、本当の自分(魂)に出会う旅に走り出してみませんか?
そして、飛翔への道しるべをくるりんで見つけてみませんか?

ここで、勉強会のお知らせです。


『インナーチャイルドの癒し』へのご招待

病気や生き方で行き詰っている方
目標に向かって頑張っている方
打たれ弱い方


ぜひご参加ください。

「インナーチャイルドの癒し」ってなに?「プラーナテラピーでは、いったい何をするのか?」について簡単にお話いたします。

今までなにをやっても良くならなかった方、物足りないと感じている方、ぜひお試しください。
新たな道しるべがみつかるかもしれませんよ。


日時 : 2014年 1月19日(日)
     10:30~12:00
場所 : 東京都東大和市南街6-11-2
参加費: 2000円


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「プラーナ」について…その6

前回につづき、霊性について書いてみたいと重ます。

実際に勉強会や個人レッスンに参加された方がよくおっしゃるのは、「そのときはよく理解できたと思っていたけど、家に帰ってノートを見直してみるとなんかわからなくなっちゃう」っていうことです。皆さんその場で「わかった」と思ったことは、あまり詳しくノートに書きとっていないから、後で読み返すとその前後を忘れてしまっていて、わからなくなってしまうんですね。でもそれも、半年1年とたって、自分自身が成長し理解が進むと、詳しく書いてなくても、「あっ」と理解でき、「ストン」と腑に落ちるんです。
私も師の勉強会、レッスンではわかってもわからなくても、出来るかぎりノートに書いて置いて、時間を置いてから見直して見ます。
そうするとその時はそれほど重要と思っていなかった言葉が「あっ、これだ」とスーっと入ってきて、実践できるようになります。
一瞬でも自分の力以上の理解ができるということは、例えていうと登山の時の山の地図を手にいれたようなものです。
それまでは、自分の目でみている範囲しか見ていない、つまり地図を持たずに山を登っているようなものです。
地図を手に入れれば、少なくとも進む道の方向がわかるということです。
山というのは、「え~?本当にこの先に道があるの~?」と思っていても、道しるべのある方向に進んでみるとその先の道が見えてくるものです。
進まないと見えてこない。だからとりあえず2歩3歩と進むのです。
人生もそうですよね。その場にいてもなにも変わらない、先に進めない…おっと、また話がそれそうになりました。

くるりんのプラーナテラピーは、施術もなにもしません。ただ話をするだけです。
なので、一見カウンセリングと変わらないようにみえます。
でも、カウンセリングともまた違います。
ぶっちゃけ言うと、霊性の向上こそが健康で幸せな人生、満たされた生き方への鍵となります。
長年苦しんだ病気、長年苦しんだ状態からの脱却への道しるべとなります。

>>つづく

「プラーナ」について…その5

今回はちょっと「霊性」の話をします。
人は黙っていても、毎年年齢が上がり、学生でいうと学年が上がります。
高校生と小学生では見た目もできることも、まわりからの期待値も違います。
「お手伝いして」という時でも、高校生と小学生ではお願いすることに自然と違いがでるでしょう。
高校生と小学生が同じ授業を受けさせることはないでしょう。その程度に合わせた内容が必要になってきます。
それに小学生の学習を抜かして、高校生の授業内容を理解することは無理です。
成長にあった学習を順番にやっていくことが大切です。
仕事でも楽器でもなんでもそうですが、基礎固めが一番大切なのです。
基礎がガタガタだと、ある程度できるようになっても、やっぱりもう一度最初からやり直さないと、それ以上のスキルは望めないでしょう。
「霊性」もまったく同じです。魂の成長の状態といいますか…それを「霊性の高さ」とか「高低」という表現をしますが、霊性にもランクがあります。
それは、よく「この牛肉はAランクです」というような、ランク付けをするランクとは全然違います。
その人の高低を表すものではありません。
小学生の子に「あなたは小学生だ」というのは別にランク付けをしているわけではないでしょう。
ただ、霊性の高低は、その人や場所などの状態を知るのに重要です。
その人に必要なもの、為すことや、期待値の目安になります。
高校生が小学生と同じようにスーパーで母親に「買って買って」とだだをこねてたらどう思いますか?
逆に小学生が高校生のように大学受験をしたいと言ったら、どういいますか?
その年齢にあった言動や目標というのがあると思います。
(自活し自立している大人になると、またちょっとニュアンスが違いますのでここでは学生限定にしています。)

さて、ここでわざわざ「霊性」を出したのは、「霊性」と「プラーナ」は切っても切れない密接な関係があるからです。
プラーナは「霊性の高い」ところから「霊性の低い」ところに流れる特性があります。
それから、「霊性のランク」によって理解できる範囲が変わります。霊性が高くなれば理解力がアップします。
必ずではありませんが、その霊性にあった理解がしやすくなります。

>>つづく

「プラーナ」について…その4

プラーナは私たちを包むように流れているエネルギーの流れであり、目に見えないけど感じることのできる風のようなものです。
海だと「黒潮」のような…ある程度決まった流れがあります。
「気」でいう「経絡」にあたるでしょうか?
プラーナの流れの種類は何万とも言われています。

プラーナは有機物無機物を問わず、全てのものにあります。
プラーナは近くに行くとお互いに溶け合います。
そしていろんな影響を与え合ったり、いろんなことを感じたりします。
始めて会った人に対して、「この人話が合いそうだな」とか「なんとなく嫌だな」って感じることはないですか?
もちろん見た目とか、匂いとか、声質とか、五感を感じて判断していることも多いのですが、それ以外に、プラーナで感じていることも多いです。
「無意識」とか「深層心理」とか言われている部分になりでしょうか?

他の企業とのタイアップや協力して開発を進めていくとか、イメージ作りをしているとか、対等な関係での会社間の付き合い
親会社子会社のような上下関係のある付き合い
同業者、ライバル企業のような敵対関係のような付き合い
全く関連しないような違業種間の交流会
会社も人と同じようないろんな関係の中で成り立っています。
人は他との関係で成り立って人間になるんですね。…ちょっと本題から反れてしまいました。

>>つづく

12 | 2014/01 | 02
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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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