優しくないって…冷たいの?

最近同じようなことが続けてあり、「あれ?」って思ったので書いてみます。
たぶん自然に同じように思っている人って多いのではないかな~。

「私って冷たい人間なの。優しくないの」とか、「○○さんって優しいから、…はできないんじゃない?」的なことを言ったら「それって私が冷たいってこと?」と言われたりしたんですが…
なんか違和感が…
「優しい」の反対語って…冷たいだった?しかも私は、優しくないから冷たいって思っていないし…?
冷たいの反対語はあたたかいとかあついだよね。

と思って、ネットで調べてしました。
ググってみると…
「優しい」の反対語⇒厳しい・こわい・恐ろしい・つれない・すげない・むごい・はげしい・きつい
でしたが、どこにも「冷たい」はありませんでした。

では「冷たい」の反対語⇒ぬるい・親切・あたたかい・あつい・温い・情け深い
でした。
そうするとこの場合、「優しい」=親切とかあたたかいとか、情け深いということと同じように受け止めているのでしょう。
そうなると、優しくないということを言われると、親切でない、暖かくない、情け深くないと言われたように感じてしまうのですね。
でも、前後の会話からの流れでは、そのようにはならないし、また、優しくないとどうして思うか具体的に聞くと、確かに、優しくないけど、情け深くなくはないし、その人からは冷たい印象は持たないです。
少なくとも、「優しい」をいい意味でとらえている人が多いんですね。
私も以前はよく考えず言葉のイメージだけで、「優しい=いい人」「優しくない=冷たい人・ひどい人」ととらえていたかも。

まぁ、私の場合は、気が弱いとか、意気地がない、優柔不断、自分がなく周りの意見に流されるひと、インチャが強くていい人…と、真正面から言えないときに、濁すような意味で使うことが多いです。
優しいさは、時には「小さな親切大きなお世話」になりますし、人を真綿で絞めるような場合によっては、相手を加害者にするようなこともあります。いい人だから、文句が言えない、でも傷つくよなぁ…的な。よくある、「あなたのためなのよ」「あなたのためにやったの」とか「あなたのために考えたことなの」とか…。
でも、情け深い人や、あたたかい人は、その人が気が利くようなことをするわけでもなく、安心させてくれるような気が利くようなことをいうわけではないけど、いるだけでほっとする…というイメージですが、どうでしょうか?

だから、人に対して優しいことが言えない、優しくできないって考えて、「私冷たいの」って言っていること自体、冷たくないことを表しているような気がします。もし、「人から優しいって評価が欲しい」って思ってのことであれば確かに「自分のことしか考えない冷たい人」と言えるかもしれませんが、相手といい関係を築きたい、相手の役に立ちたい…という思いで、そう思えないと思うのであれば、それは十分に「情け深い」と思います。でも、その方法がわからいだけではないでしょうか?

逆に、優しいと思われたい…と思って行動すると、自己中心的なところからのこうどうだから、どうしても自分の価値観の中で判断してしまいます。同じ価値観の人意外には、なかなか相手には伝わらないでしょう。しかも自分と全く同じ価値観の人はいないのでほとんど理解されず「迷惑」で終わってしまうかもしれません。

おっと、そんなことを今回はいいたいのではなく…

言葉に対するイメージは実は人それぞれ違います。でもなんとなくわかった気になったり、わかりあえた気になってしまいますが、実は、自分の価値観のフィルターを通して理解しているので、わかった気になっていても、わかっていません。
人との会話の中で、ほとんどが自分の価値観や判断が入り、お互いストレートに伝わっていない…ということに気が付くと相手の言うことにとらわれたり、振り回されたりしないんですけどね。
いろんな方が、この自分の価値観や判断のフィルターで勝手に傷ついていますが、大体の場合、私もそうですが、相手が私を傷つけたって思ってしまいます。でもよくよく冷静に聞いてみると、そうは言っていないよってこと思ったよりも多いですよ。
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咳にBell.(ベラドーナ)?

咳はなかなか厄介です。ホメオパス(自然療法ホメオパシーの専門家のこと)でもピッタリのレメディーを見つけるのは難しい作業です。
咳が排出そのもの…ということもあり、レメディーをとればとるほどどんどん咳が出る、という場合もあります。
この場合はレメディーがすでに作用し、自己治癒力が咳を出し、身体の中からなにか出そうと頑張っている状態です。

また、感情面をちゃんと表現していない場合もあります。言いたいことを言っていない、ちゃんと思ったことを伝えていない場合です。もちろん思ったことをなんでも話していいということではありませんが、咳がしつこく出る場合は、伝えたほうがいい感情を伝えていないということになります。潜在意識が、「ちゃんと伝えるように」とメッセージを送っています。

この前来たクライアントさんですが、話したり、笑ったりしたことがきっかけで、こんこんという軽い咳が出るという症状がありました。ほかの身体の症状や状態をお聞きし、いくつかのレメディーが候補に挙げられました。

私がアドバイスした中から、いくつか試されたそうです。
その中で、Bell.(ベラドーナ)で少し咳が楽になったとご報告がありました。

  

咳のレメディーと言って思い出すのは、Ant-t.(アンチモター)とか、Dros.(ドロセラ)でしょう。少し勉強された方などはそのほか、Ars.(アーセニカム)とか、Bry.(ベライオニア)とか、Hep.(ヘパソーファ)とか、Ip.(イペカック)とか、Phos.(フォスフォラス)などなど思い浮かぶかもしれません。
ところがどっこい、咳のレメディーはそれだけではありません。実は、本に載っているものは、いわばレメディー界のスーパースターたち。たくさんの症状に対応でき、その内容も全部載せたらそれだけで本が1冊出来るくらいなんです。なので、セルフケア用の本に載っている内容はほんの一部です。
そして、セルフケアに入っているすべてのレメディーが咳に対応できます。なので問題はどのような咳かということと、咳以外の身体の症状です。咳だけで選ぼうとするとちょっと大変でしょう。

このクライアントさんは、Bell.(ベラドーナ)をとったあと、咳は楽になったのですが、その日はほんとに些細なことでイライラしていたそうです。ご主人からちょっとした頼まれごとがあったのですが、それに対して「めんくさ」と内心思っていたそうですが、いつも一緒にいるご主人にはそのイライラがばればれだったそうです。普段はそんなことないということですが、レメディーをとってその感情がでたということは、普段も実はその感情があるのですが、あまりに微細なので、本人も気が付いていないんです。(でもね本人が気がついていなくても周りの人は意外と気が付いているものなんですよ)

Bell.は怒りのレメディーの一つで、噛みついたり、叩いたり、引き裂いたりと、怒りの表現は激しいです。顔が真っ赤になって、身体はぶるぶる震えていたります。
まるで、子供が言いたいことをわかってくれないって、泣いて怒ったり、相手が強すぎて怒りを我慢して、親にバンバン八つ当たりするような…そんなやり場のない怒りを、うまく表現できない怒りをぶつけているような感じです。
そのことを伝えると、「なんかわかるような気がします」というご返事をいただきました。

ここからはインナーチャイルドの癒しになっていきますが、小さいころに知らずに抑圧した怒りが、しかもかなり激しい怒りが、クライアントさんの内部にあるということです。普段は一見穏やかでめったに怒ることがないように見えます。でも、内在している怒りがあるので、もしかしたら、周りの方からは固く感じたり、きつく感じたりしていることもあるかもしれません。
…これは、レメディー像からみたその方の隠れた性格になります。まだ今の段階では憶測の域ではありますが。

ちらりと感じた違和感をそのままにせず、何を感じているのか自分の内面を見つめ、自分の中にある感情をその都度伝えていく、…つまり、怒りを小出ししていく…ということをやっていくと、ある日突然大噴火して、納まりがつかなくなるということが防げるでしょう。
ちなみに怒りの表現は、笑いに持っていける形で表現できれば理想ではありますが…ちょっと高度にはなりますけどね。
それと、ホメオパシーのレメディーだけに頼るのではなく、症状が良くなったからそれでOKとするのではなく、そこで現れた感情をきちんと見つめ、昇華されるまで見届けること(インナーチャイルドの癒し)が、より良く生きるためには大切になってきます。

レメディーをとって、「あぁ良かった」で終わるのではなく、そこから導き出された「メッセージ」にちゃんと見つめることで、なにか「気づき」があるでしょう。身体とちゃんと向き合うということは、つまるところ自分自身と、そして自分の生き方と向き合うということになっていきます。

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くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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