「人として、この世に生れてきた意味」ってなんだろう?

今年もあと数時間となりました。連載で書いていたネタも一旦決着をつけたいとおもいます。

私は小学校の頃、色んなことにうまく馴染めずに、一時期は死ぬことばかり考えていました。
どうやって死のうかと考えているうちに、「これは苦しいな」とか「これは痛いな」とか怖くなってやめてしまいましたが…。
そしていつしか、人はなんで生まれてきたんだろう…とか、どうして生きていかなければならないのだろう…とか、考えるようになりました。
中学校のときでした。もし辛いと感じることが生きることに必要のない感覚であれば、もともと無いのではないか…。
ということはなにか必要なんだろうなと、思いつきました。うれしいか楽しいとか、痛いとか苦しいとか
もしかしたら、死んだら感じられないんじゃない?生きているうちしかない感覚なんじゃない?
苦しいことは悪いことじゃないけど、嫌だなって思いました。
大人たちをみても、生きるって辛いことの方が多いようにみえる…。
じゃななんで、みんな頑張って生きているんだろう?

子供だった私からすると不思議でした。
そして思いついたことは…
きっと、大人になると子供にわからない、楽しいことがあるに違いない。
大人にしかわからない楽しみあるんだ…ということでした。
そして、どんなに辛くても、大人になるまで絶対に死なないって自分に誓いました。
だから子供が出来てからは、楽しく生きること、自分が楽しむことを心掛けました。

私の親族は優秀な人たちばかりでしたが、環境的に小さい時いろんな方と接することができました。
トラブルばかり起こしていたご近所の方は、今だったら発達障害と診断されていただろうと思います。
昔ながらの長屋で貸し屋をやっていた祖父母の元で小さい頃すごしていたのですが、訳あり賃貸借にもずいぶん可愛がってもらいました。
チンピラでどこも部屋を貸してもらえない年配者、元夫がひどいDVで逃げてきて子供と一緒に隠れるように暮らしていたシングルマザー、その筋の方の二号さんの親子…。
困っているとほっておけない祖父母はよく面倒をみていたので、そういった訳ありの方々に頼りにされていました。

普通の社会で煙たがられるそれらの人たちも、個人的には良い人なのに、一方ではとても恐い顔ももっているのも、弱い顔をもっているのも小さい頃から、感覚でわかっていました。
クリスチャン系高校に通っていたのですが、委員会で特別養護老人ホームに月1回行っては、寝たきりの御老人と話しをします。私はしぶしぶ行っていたのですが、ほんとうに喜んでくれて、時間がきて帰る時など握手した手を離してくれません。そんな気持ちを受け止めきれず、心が痛み辛かったです。次の月に行った時は、亡くなっていたりしていました。

私に生きることはどういうことなのかを教えてくれたのは、優秀な親戚たちではなく、それらの社会からドロップアウトした人たちでした。
寝たきりでも、人から疎まれても、人を騙したり泣かせたりしている人も、みんな真剣に生きていました。

何のために生まれてきたのか?なんで生きていくのか?
仕事を通して考え続けていますが、いまだ明確な答えがでたとはいえません。
今思うことは、不完全だから人間なのだ。誰でも得意不得意があってあたりまえ。
それでいいと開き直ることもできる。
でも、辛いのわかっていてわざわざ人として生まれてきたのには意味があるに違いない。
それは、出来ないことを少しずつでもできるように努力すること。この努力は、もしかして生きているうちしかできないのではないか。

いろん環境、いろんな状況で生まれてきて、一見不公平にみえたり、可哀想にみえたりするかもしれない 。
でも与えられたものが自分のステージ!
その中でいかに頑張れるか!
それが生まれてきた意味であり、生きていく意味ではないだろうか?
今現在の私はそう感じます

来年は今年頑張れなかったところも含め、さらに頑張っていきたいと思っています。
さてあなたは、どんな年にしたいと考えていますか?
では、良いお年をお迎えください。
来年もくるりんのブログをよろしくお願いします。
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2016年1月の予定

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今日は、くるりんの仕事納めでした。
今年もあとわずか…
どんな年でしたでしょうか?
くるりんでは新たな試みもありました。
来年もさらに新たな試みをしていきます。

新年は、1月5日が仕事初めになります。
早速ですが、新たな試みとして、無料相談の日を設けたいと思います。




くるりん無料相談の日
急な発熱や、突発的な状況…
ホメオパシーのセルフケアで、レメディーチョイスのアドバイス
ホメオパシーがいいのか、インナーチャイルドの癒しがいいのか、自分で判断付けられない…
個人レッスンやセッションを受けている方で、ご家族のことで心配なことがある…

スカイプかメールでの対応になります。
スカイプは事前登録が必要になりますので、ご利用したいとお考えの方は、まずは、事務局にお問い合わせください。

1月は、5日(火)、19日(火)、26日(火)になります。
それ以外の日で、緊急対応はホメオパシー ミニ相談(5000円)で対応しております。

レッツ写経
9日(土) 10:00~12:00
初回の方 3000円
道具はくるりんで用意いたします。事前に必ずご予約ください。

くるりんヨーガ
14日(木) 10:00~11:30
東京都東大和市にて
参加費 500円



上記についてのお問い合わせやお申し込み

くるりん事務局 メール




臨時休業の日
※電話・メール共につながりません。
 7日(木) 新年の祭り事に参加のため
12日(火)13日(水) 峯入り修行
24日(日) 釜鳴りの神事への参加のため

では、よいお年をお迎えください。

実は、私たちには「出来ない人」が必要なんです!

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くるりんには、いろんな理由でいらっしゃいますが、お子様の問題行動や、お子様のアトピーなどの病気がきっかけになるケースも多いです。

小さいお子さんのアトピーは、夜中なんども泣いて起きるので、家族中が寝不足になることもあり、ご家族の体力と気力が奪われていきます。お父さんとお母さんはなかなか大変です。
また、小学生くらいのお子さんでは、いじめや万引きの問題がありご両親揃っていらっしゃったりします。
いじめられている場合もありますが、いじめっ子として学校から親が呼び出されたというケースもあります。
さらに不登校というのは、今では稀なことではなく、どのご家庭でも一度は経験しているのではないか…と感じるほど多いです。

そこで見えてくるのは、家族そのものの問題です。
お父さん、お母さんの関係もそうですが、そのご実家や親せき関係、ご近所関係に、なにか問題を抱えていることが多いです。
その子が問題提起してくれている場合もありますし、その子が問題だということで夫婦が一致団結している場合があります。
もしその子に問題がなければ、離婚にいたってあろうご夫婦はかなり多いです。

そこまで、極端でなくても、堅い大人の価値観、固定観念を和らげてくれているケースが多いです。
特に家系的にエリートの場合、その子がいてくれたおかげで、まったく考えたこともない、穏やかな幸せを見つけるご家族が多く存在します。

少なくとも、学校で、会社で、「できの悪い人」「物覚えの悪い人」「空気が読めず場を乱す人」がいると、指導する側の先生や上司や先輩方は、悩みます。

どうしたら、よくできるのだろうか?

その結果、その人が会社を辞めてしまったとしても、以前よりチームワークが良くなったり、もっといいスタイルができたり、進化を遂げることがあります。
そこで指導にあたったかたのスキルがアップすることがあります。

考え、悩んだ結果、自分の価値観の枠を広げようとします。
そして、個人個人が成長していくということは、結構あります。

みんなが出来たらそれ以上は発展しません。
むしろその中で、足の引っ張り合いなどが出てきかねません。
でも、問題が起きると必死になって考え、行動します。
いやな人とも協力できたりします。
そして、個人個人が必死になるので、普段できなかったことまで、出来たりします。

私が治療科としてわかったことは、アトピーになったり病気がちな子や、家族の中で問題を起こすような子とか、先天性の障害を持っていたり、家族の中でも「出来ない」とレッテルを貼られる子は、生まれもった性格がやさしい子が多いなっていうことです。
気持ちが繊細過ぎて、やさしい気持ちから心が壊れて、いじめっ子になったり、いじめられっ子になったり、万引きなどの問題を起こすようになったりする子が多いな…と感じました。

出来ないことは、ダメなことではなく、私たちに考えさせてくれる機会を与えてくれます。

私とて、ずっと講師をしていたりして、「出来る人」の中にいましたが、年々いろんなことにチャレンジしているので、私より若い人に教えてもらわないと出来ないことが多いです。
携帯ショップなどに行くと、「出来ないおばさん」の代表になります。
お店の人は、若い人通しであれば通じる単語も、まったく通じない私にたいして、どうやったらわかってもらえるか必至で言葉をえらび、実演してくれ、絵に描いてくれ、いろいろ工夫をします。
以前の私なら、できない状況のところへは行かなかったでしょう。そして、常にできる人でいられるところにしかいませんでした。
「出来ないことは、ダメなことではない」ということを、私は学び続けています。
そして、最近、むしろ必要なのだと感じています。

だから、知的障害とか発達障害とかのお子さんは、実は親を含む回りの大人たちへの教師としてきているのではないか…と、感じたりしています。
普通にできるいい子であったら、考えなかったようなことをいろいろ考えさせてくれます。親御さんは、様々なことに向き合い、考えざるを得なくなります。
それは、生きていくために、とても大切なことではないでしょうか?

------『「人として、この世に生れてきた意味」ってなんだろう?』へ、続く

「出来ない」と、本当にダメなのか?

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やっと最初のお題に戻ってきました。
いろんなことが「出来る」ことはすごいことだと思います。
でも、「出来る」のが当たり前で「出来ないとダメ」となってしまうと、人生はとても辛く長いものになってしまうでしょう。
それでもやっぱり出来ないより、出来たほうが、人生が充実して楽しいように感じます。
人よりもいろんなことが出来る優秀な人であったほうが、優越感や自信がでてきて、自分に力があるように感じられ、生きることが楽しいでしょう。

しかし、世の中のすべての人が「出来る」人になってしまったらどうなるでしょう。
逆に優秀な人がいなくなってしまいます。
優越感を感じる場面もなくなるでしょう。みんなが平均化した世界です。
なんかとてもつまらない人生のように感じられるかもしれません。
なんだかがんばる気がしなくなりそうです。

私は、出来ることもすごいと思いますが、苦手なことを克服するために、希望をもって出来るように頑張っている姿は素晴らしいと思います。

そして、見落としがちなのは、出来るとか優秀という基準は、時代によっても、文化の違いによっても変わってきます。
戦国時代に優秀だった人が、平安だった江戸時代に優秀でいられたでしょうか。平成の現在ではどうでしょうか?
もちろんどんな場面でも優秀な人でいられる人も中にはいます。

でも、その時の状況によって、評価が分かれる人もいます。
また立場によっても違います。

たとえば、会社では頼りにされ、高い地位にあったような人が、定年後の生活では濡れ落ち葉のようになってしまい、家で厄介者扱いされている…という話を聞いたことがあるでしょう。
たとえば、仕事では頼りなくて、人の仕事まで増やしてしまうようなダメダメ社員が、スキーとかアウトドアではすごい技術を持っていたり、海外に行った時に英語がペラペラだったり…と、いきなり頼りになる人になることもあります。

そうなるで、いつでもどこでも「出来る人」になる、というのは、無理そうです。
誰にも得意分野、不得意分野がある…ということになるのではないかと思います。

------『実は、私たちには「出来ない人」が必要なんです!』へと続く

「人間は考える葦である」

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「人間は考える葦である」
という有名な言葉は、フランスの哲学者の言葉です。
曖昧に説明するよりは、わかりやすく書いてあるサイトがたくさんあるので、詳しくは、ネットで調べてみてください。

人は弱い存在であるけれど、弱いからこそ知恵がついたのだと思います。
学校の勉強と違って、生きていくうえで生まれる様々な疑問や迷いに、明確な答えがないことのほうが多いです。
より良い答えはあったとしても、正解はないのです。
答えのわからないまま自分で考えて、決断していかなければなりません。

最近は、マニュアル化された答えがネットを調べるといろいろ出ていきます。
まるで、人生に正解があるように…。
みんながいいと思うものがいいというものに、自分の好みを合わせていければトラブルは避けられるでしょう。

確実なことを求めるため、占いに自分で決めるべき決断を委ねる人もいます。
大きな失敗を避けられることもありますが、うまくいかなかった場合、自分で選んだ実感がないので、占いとか占い師のせいにしてしまえます。

どのような形で決めたのであれ、結局決めたのは自分です。
その結果は、自分で決断しても、占いで決めたにしても、その結果は自分にかえってきます。
決められず行動しなければ、「行動しない」ことへの結果がかえってきます。

人は迷う部分が多いと思いますが、人生を選択できるのは人間だけです。
ほかの動植物は、その一生がだいたい決まっています。
選択肢はかなり狭いです。

健康になるも、不健康になるも
金持ちになるも、貧乏になるも
幸せになるも、不幸に身を置くも
勉強するも、勉強しないも

自分で選ぶことができます。というか、知らないうちに選んでいます。
自由度が大きい分、苦しみも大きくなるかもしれません。

自分で考え、決断し、その結果、うまくいったりいかなかったりしながら、人は成長していきます。
学び、学習していくことができます。
動物も学習していきます。でもその学びは、生きていくためのものです。
人間は、それ以上に、内面を拡大させていくような、ある意味、生きていくには関係のない内面的成長ができます。
感動や幸福感や、生甲斐とか…、自分らしさや、どういきるべきかとか…。
生きる以上の喜びや意味を見出すべく努力する人たちもいます。

人の成長が感じられたとき、自分の成長が感じられた時、安心感や満足感を求めるよりも、大きな喜びに包まれます。
この内面的成長こそ、ほかの動植物にはみられない、人の特性なのではないかと思います。

------『「出来ない」と、本当にダメなのか?』へ続く

「円熟」とは、人としての成長

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さて、ずいぶん回り道をしてしまいましたが、「円熟」に戻りたいと思います。
「理性」と「情動」の絶妙なバランス「感動」』から続きます。

私たちが感動する場面はいろんなところにあります。
サッカーやフィギアスポーツなどのスポーツの試合、コンサート、映画…などなど
とても素晴らしい体験です。
感動は、日頃の苦しさを一時忘れさせてくれます。
あぁ、またあの感動を…と、味わいたくなります。
それが仕事へのモチベーションになったします。
しんどい生活にがまんできたりします。

しかし、それは日常から離れた特別な空間です。
次の日から頑張ろうと、いう原動力になるのはいいのですが、その感動だけを求めてしまうのは、現実逃避となることがあります。
感動を求めることが生きがいになってしまうと、日々の生活で得られるはずのものを見えなくさせてしまいます。

最近私は、禅寺にて坐禅会などにも参加させていただくようになりました。
お坊さんの修行中も、とても素晴らしい体験をすることはあるそうです。
大きなものとつながったような感覚、素晴らしい光のようなものが見えたと思う方もいるし、特別なエネルギーを感じたりと、人によって違うようですが…
禅の教えでは、それを「染汚(せんな)」といって、とても嫌います。
そのような感覚を求めるようでは、とても悟りの境地には至れないと考えているようです。
また、そのような感覚を求めるために修行をするのでは、本末転倒になってしまい、形は修行でも、修行になっていないことにもなります。

理想を言えば、
ほんとうに日々坦々としてただ同じことを繰り返される日常を
ストレスも多くしんどい日常を
いつ終わるともしれない日常を
つらい目にばかりあう日常を
そのままに、その中にある小さな喜びを見つけられるようになるといいのではないかと思います。
または、しんどいやつまらないことそのものを、喜びと変えていくことがいいのではないかと思います。

お釈迦様は、バラやきれいな庭園ではなく、泥の中に見事に咲く、蓮の花を愛しました。
素晴らしいことを、美しいことを良しとしませんでした。
どんなに美人でも、死んだら結局、骨になってしまうから、みな一緒だと言って、外見の美しさを求めませんでした。

とはいっても、若いうちは難しいでしょう。それに、いろいろ経験し、体験することは大切だと思います。
そして感動も絶望も味わって、その先にあるのが円熟ではないでしょうか?
しかし、感動を感動のままに終わらせず、絶望を絶望のままに終わらせず、その先に行くためには、内面的な成長がないと勧めません。

私は10代のころ、ロックバンドのベースをやっていました。
ポプコンという大会にでて、地区大会で個人賞をとったことがあります。
バラードでメンバーのオリジナル曲だったんですけどね。

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後日、よく行っていた田舎の楽器屋さんで、初対面のおじさんから
「いや~、感動したよ。大したもんだ!」
と、言われびっくりしたことがあります。
父親と同じくらいの年の方から、ほめられるという体験はめったにありません。
高校生の私にとっては、とても大きな出来事でした。
それ以来、私は、自分が感動することよりも、感動を与える人生を送りたいと思って頑張ってきました。
感動は人を動かします。その人の人生を変えるほどの力を持つことがあります。
それが原動力で苦手であった勉強会や講師を続けられたということもあります。

そしてこの年になり、感動よりもっと深淵なるものがありそうに思えてきました。
その先があるぞ、というのが少し見えてきました。
そこにとどまっていては見えないものがある…そう思えるようになりました。
少し落ち着いて、内面の成長ということをやっとできるようになったのかもしれません。
まぁ、もっとも、そのような頑張りは、いい加減、体力・気力的に続かなくなってきたというのも、あるのかもしれませんがね。

------『「人間は考える葦である」』へ続く

「忘却」は人間の知恵 その2

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時代により、「優れた人」という基準が異なります。
国によっても違います。

力の強いもの
人ができない技をもっているもの
記憶力
周りの人の雰囲気を読めるもの
生まれつき人並み外れた能力をもっているもの
やさしい気持ちをもっているもの
共感できることができるもの
抜群の外見とスタイルをもっているもの
お金持ちであるもの
権力をもっているもの
人並み外れた話術をもっているもの

今の時代の日本ではどうでしょうか?

学歴社会ではありますね。
サラリーマン思考もあります。独立しても企業という組織社会がベースになるでしょう。
そうなると、空気を読めない人、指示されたことをみんなのように理解できない頭の悪い人、コミュニケーションがうまくできない人は、評価が低いです。
なので、勉強はすごくできるのに、仕事はできなかったり、職場でうまくいかなかったり…
本来優秀なのに、会社では優遇されなかったり…
仕事はできるのに、同僚や上司に嫌われていたり、いじめに近い状態になっていたり、昼休みは一人だったり…

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会社という組織から離れて長いので、疎くなっていますが、そんな感じでしょうか?

空気を読むというのは、かなり知性を使います。
より多くの情報が必要です。瞬時に判断するためには、一度に多くの情報を覚えていなければなりません。
自分で意識しないところで、多くの判断を下しています。
知性ばかり使っていると、自分の中が枯渇していく感じがします。
空気をうまく読めて、そこそこ周りの人とうまくやっていけるのは、楽しいことです。
でもそれがずっと続くと、そんなに楽しく感じなくなります。
人間は慣れる動物です。
でも、空っぽになるようで、怖くてやめられません。
たいして楽しくもないのに、楽しいふりをして、空気を読んでそこそこ楽しいくらいうまくやり続けます。

まるで、寒い冬、ぬるま湯に入っていて、上がると寒くてあがるに上がれない状態に似ています。
水風呂ならば、冷たくて急いで出ます。いったん冷たい水につかると寒い外気も温かく感じます。
熱い風呂ならば、体があつくなり、外気が寒くても、平気で出られます。
しかし、体が温まるほどでもなく、お湯につかっていれば寒くない程度だと、かなり気合いを入れないと出られません。
出るのがしんどいです。でもずっとそこにいたらなにもできません。

そんな感じで、今の現状に疲弊してたり飽き飽きしているのに、寒い外気がいやで、二進も三進も行かなくなっている人が多いように感じます。問題点に目をつぶり見ないようにし、やりたいことや希望に目をつぶり見ないようにしている。
「みんなも同じなんだから、なにが悪いの?」
なにも悪いことはありません。
ただ、ぬるま湯の外にいる人を批判したり、ねたんだりしなければいいのです。
自分が苦しくなければ、納得してそこにいるのならばそれでいいのです。
でも、何かがそれを強制しているように、誰かのせいにして、本当はそこから出たいのだ…というから苦しくなるのです。

そうはいっても、なにかきっかけがないと、人はなかなか動けません。

--------『「円熟」とは、人としての成長』へ続く

「忘却」は人間の知恵 その1

久々に続きがかけます。
ちょっと時間が開いたので、前の記事を読んでいない方は下記をお読みください。

2015-11-07 「出来ないとダメ」という価値観


2015-11-08 「努力」が続く人

2015-11-08 「異質な存在」を排除する傾向


2015-11-10 「理性」の働き


2015-11-15 「理性」と「情動」の絶妙なバランス「感動」 その1

2015-11-17 「理性」と「情動」の絶妙なバランス「感動」 その2

2015-11-20 「円熟」とは、人としての成長…の前に、「知性」について その1


2015-11-21 「知性」について その2


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さて最近、大人の発達障害という言葉をよく聞くようになりました。
私は専門家ではないのでそれほど詳しくはないのですが、ある種の障害の方の特徴は、すべての情報が、同じテンションで聞こえてきたり、見えたりするそうです。また、一度見たものを忘れることができなくていっぱいいっぱいになってしまうそうです。
物事を覚えられないというより、多すぎる情報を頭の中で、どう整理していいかわからない、というタイプもあるそうです。
発達障害は、知的障害とは、また違う…といいうのが、私の理解です。

私たちの周りには、いろんな音があふれていますが、あまり意識せずに生活しています。
耳に入っていても意識しないようになっているので、目の前の人が話している内容に集中できます。
目に入ってきても、意識しないようになっているので、なにかに集中することができたり、リラックスすることができます。
一日中いろんなことがありますが、寝ている間に記憶の引き出しに整理してしまうので、必要があるものだけ覚えていて、いやなことを忘れ、また新たな1日をはじめられます。

私たちは、知らないうちに、入ってきた情報から必要な情報だけえを、見たり聞いたり記憶として残したりしているのです。
2~3日前の出来事でも、人によって、話が食い違っていることがある…という経験は誰にでもあるのではないでしょうか?
私たちは、ちゃんと見ているようで、見ていません。見たいものだけ見ています。
ちゃんと聞いているようで、聞いていません。聞きたいことだけ聞いています。
それでストレスを感じないようにしていたり、学習できるようになっていたり、うまくいくように出来ています。

なにも見聞きするか、なにを覚えているか…
その人により基準があります。

生きにくい人たち、ストレスを人より感じてしまう人たちは、人よりも多くを見聞きしていたり、いやなことをうまく忘れることができないというところからきているように感じます。
一般的に、「こだわりが強い」と言われる方々です。
脳の許容量が人より多いのか、うまく、情報を流してしまう…見聞きしないとか、寝て忘れてしまうとか、それができないことが多いように思います。
とても真面目なんですね。

「いい加減な人」と人から思われてしまうかもしれませんが、「忘却は人間の知恵」なのではないかと思います。
もっとも、なんでもかんでも忘れてしまうのは、ちょっと違いますが…。

------『「忘却」は人間の知恵 その2』に続く

坐禅会&勉強会&神社参拝のご報告

12月2日(水)に長野県岡谷市にて、坐禅会&勉強会&神社参拝に行ってきました。

長野県岡谷市の由緒ある臨済宗 妙心寺派 久保寺の坐禅会に参加しました。
久保寺は鎌倉の建長寺を開山した大覚禅師により開山した由緒ある禅寺です。
私は、今年に入ってから数回参加させていただいておりますが、12月に1日から8日まで朝晩と坐禅会があると住職に教えていただき、今回の企画を思いつきました。

この時期に行われる坐禅会は「臘八(ろうはつ)坐禅会」といって特別な意味があるそうです。
12月8日は、お釈迦様の名前で知られる、釈尊が悟りを開いた日です。
この時期、久保寺では、1日から8日まで毎日朝と夜に坐禅会が行われます。
朝の坐禅会は朝5時半から始まり、お寺で用意していただいた朝がゆを食べ、参加者は仕事に向かいます。
夜は仕事が終わってからお寺に集まり7時半から始まります。

私はくるりんとして、参加したい方と一緒に2日の朝の会に参加させていただきました。
岡谷市の朝はとても寒く、東京・神奈川・千葉から参加した私たちは、その寒さに慣れていなくて、がたがた震えていました。
しかし、その寒さがかえって身を引き締めてくれます。

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※この日、地元の新聞「岡谷市民新聞」の記者の方が取材に見えていて、そのときに撮影されていた写真です。3日付けの朝刊に載りました。

坐禅が終わったら朝がゆです。
禅のお作法も教えていただきました。
すがすがしく、とても有意義な時間でした。
ちなみに久保寺の住職さんと副住職さんは、イケメンでお坊さん特有の所作も美しく、思わず惚れぼれと見とれてしまいます。

参加者の方からの感想をいただきました。
「一日皆さんと共に参加出来たこと、よい機会に恵まれました。手がかじかむ程のことも日常にほぼなく、堪えました。足指は即しもやけになりました。否応なくインチャに向き合うこととなりました。食事の所作も学べたことはもちろん、食物いいえ生物としての命をいただくという基本的なことをあらためて感謝した次第です。」

終わった後は、会場へと移動し、勉強会です。
今回講師としてお呼びしたのは、自然療法サロンPole Poleの後藤先生です。
テーマは『香りと霊性』。
お寺は、香りととても関係が深いです。お香やお線香…お寺にいくと独特の香りが感じられるでしょう。
それには、意味があります。香りは、場を清め、この世の私たちとご先祖様をつなぐものとも考えられています。
そんな香りの話をききたくて、アロマテラピストでもある後藤先生に講師を依頼しました。
アロマの勉強会に何度も参加した方でも、今回の内容は勉強になったというご意見を多数いただきました。

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それぞれの好みの香りでミストを作る体験もさせていただきました。
時間も9時から10時半の予定でしたが、楽しい時間でいつの間にか12時近くになっていました。
参加者からいただいた感想のメールをいただきました。
「香りのお話、あることが当たり前のようになっていたけど、香りやにおいがなかったら…、あることのなんとありがたいことか、あらゆる物事が当たり前ではないと思うと、抵抗あるときやそう思ってることなど全てにおいて、自分が決めてしまっていることに気付き、全てのあることがありがたい、とあらためて感謝でいっぱいになりました。大きな気付きを得た感じです。また後藤先生ご自身のお話も交えた講座は腑に落ちるものがありました。ミストも作れて普段に使用して、これもまた日々の精進によい感じです。」

昼食を食べた後は、諏訪大社への参拝です。
いつも見守っていただいている、神々様への感謝の気持ちで参拝させていただきました。

東京クラスと長野クラスの方との交流もあり、忙しくも、楽しく有意義な時間をもつことができました。
香りと霊性の続編や、東京クラスでの開催の声もあり、また企画していきたいと思います。

12月の予定

先週パソコンが壊れてしまい、ブログをアップすることができませんでした。
ハードディスクの破損でしたので、ネットで調べながら、新しいハードディスクと交換してみました。
バックアップを取る前に動かなくなってしまったので、思ったよりも機動できるまで時間がかかってしまいました。
本日ほぼ前と同じ作業ができるようになりました。

いろいろ書きたいことはありますが、まずは今月の予定から。
アップが遅れたために、すでに終わってしまったこともありますので、これからの予定のみアップいたします。




11日(金)~12日(土) 東京都東大和市 富士見通り商栄会 
    歳末大売り出しガラポン抽選会


 くるりんが所属している商店街のイベントの会場にいますので、2日間とも外に出ております。
 ちなみにずっと会場におりますので、お近くの方はいらしてみてください。
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 富士見通りの右側のピンクの建物、「富士見湯」と書いてある看板のある建物が会場です。
 東大和市第2小学校の向かい側にあります。
 時間は、11日がPM1時~6時、12日はPM1時~5時にまりますので、ご注意ください。
 ガラポンは富士見通り商店街の加盟店でお買い物すると300円ごとにハンコをもらえ、5個集まると1回できます。
 豪華賞品が当たる確率が高く、毎年楽しみにしているリピーターが、続出しています。


13日(日) 10時~12時 勉強会「客観的な見方のワーク」
 インチャの分析は、感情の乱れから冷静になって、感情と思考とを切り離し、「我欲」「エゴ」と言われる隠れ潜んでいる価値観を見つけ出す作業です。でも、なかなか主観的な見方、感情から抜け出せず、いつのまにか犯人探しをしてしまっていることが多いです。人や出来事を責めるか、自分を責め後悔するか…。
 分析も、ポジティブな思考も、まずは客観的にならなければ不可能です。
 しかし苦手な人が多いです。
 それは、個人の能力的なものが原因ではなく、単に経験していないとか、いままでやったことがないとか、経験値の問題かと思われるケースが多いです。
 今回は、いろんなパターンや言葉から、どうやったら客観的にみることができるか…を実際に体験していただこうと思います。
 理論とワークの時間がありますが、今回は、可能な限りワークで取り組んでいただくことを多くしていきたいと思っています。
諏訪ホメ勉強会

場所   東京都東大和市南街6-11-2 くるりん
参加費 2000円


お申し込みやお問い合わせは、下記の、事務局メールへお願いします。


17日(木) 10時~11時半 ヨーガ&簡単体操
場所     東京都東大和市 
参加費無料特典は年内になりますので、気になっている方は一度ご参加ください。

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23日(水) 臨時休業
 師匠である山野療法院で執り行われる神事(大祓、星祭、釜鳴神事)の準備と参加のため、連絡がつきません。
 メールの返信は遅れますのでご了承ください。

30日(水)~4日(月) 年末年始のお休み




くるりんでの行事への参加やお問い合わせは、くるりん事務局まで
くるり事務局メール

お待ちしております。
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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
インナーチャイルドの癒しのレッスンをしています。自分の考え方の癖に気がつき、目線を高くすると、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いてはいません。世間体とか周りの人たりはみんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きていいのです。その後に本来の自分の本当の姿が見えてきます。そうすると自分自身の足で自分自身の人生を歩き出すことができます。
その人特有の考え方の癖もインナーチャイルドなんです。
まだ作成途中ではありますが、ホームページを作ってみました。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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