久々に、ひとり雨の山道…

今日は、梅雨らしい天気。
土砂降りではさすがにイヤだが、今日のようにしっとりと降る雨の中を歩くのは、割と好きだ。
特に山は登山客が、晴れの日より格段に少ない。
空気が澄んで、軽い感じだ。
しっとりと降る中の雨の登山は好きだ。

今日は1日オフだったので、山で汗を流し、温泉に入りたい!って思った。
日の出山からのつるつる温泉か、高尾山からの極楽湯か…迷った。
そして、高尾山のケーブルカー乗り場の前にある蕎麦屋があるが、以前から入ってみたいと思っていたことを思い出した。
いつも山頂で食べ温泉へ直行のパターンで、横目でみていた店だ。
そうだ、高尾山に上り、蕎麦屋に行き、温泉に行こう!

お店で食べる昼食をおいしくするために、前日から計画。
食事を軽くし、アルコールも飲まず、おいしく食べるために極力我慢する。
今回の目的は、蕎麦屋と温泉。なので、山頂まで行かず横目に見て素通りする。
今回は申し訳ないが、薬王院もよらない。ひたすら、休憩も取らずに、まっしぐらに下る…。
という予定。下山まで2時間くらいのコースにした。

あまり人が通らない道を選らぶ。
ふみ跡はしっかりしているが、メジャーな登山道ほど手入れはされていない。だから、複数のふみ跡があると迷いやすいから注意が必要だ。雨だと、熊や動物との遭遇の心配は減るのだろうと勝手に思っている。が、どうだろう…

よく見ると、道のよこに白い泡のようなもの…。なにかの卵だろう。

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ここには、どかどかとたくさんの人が入ると、あっという間に踏みつけにされる命がたくさんあるのだな…と思った。
人の命とそれらの命と、果たして違うのだろうか、同じなのだろうか?そんなことを考えながら登る。

しばらくして、下の方から、なんか動物の遠吠えが聞こえる。
野犬?にしては、ちょっとかわいい感じ。
なんだろう、知らないと怖い。
もし、私を侵入者とみなし、襲う算段をしていたら…そんな妄想に襲われる。
先に続く急な坂道を見上げる。
どんなに頑張って走ったって、やつらにかなうわけはない。
どうせ逃げても無駄…と思ったら、怖さも薄れ、走りたい衝動も収まり、またもとのゆっくりのペースで登る。
もっとも、この坂では走れないし!

そうか!山の中では、虫けらの命も、人間の命も同じなのだ。
自然の掟の中(縄張りとか)では、今までどれだけ頑張ってきたとか、人を傷つけてきたとか、お金を持っているとか、人よりも優れた能力があるとか、頭がいいとか、家柄がいいとか、中卒も大卒も、エリートも、なにも関係ない。
自然の中のひとつに過ぎないのだ。

ただ今、この時しかない。
そう、思った。
観念するしかない。

いつのまにか、遠吠えのような声は聞こえなくなった。

尾根に出た。
道に倒木がばってんの形で倒れている。
整備の行き届いた登山道では、「そっちは違うよ」という意味でわざわざおいてあったりするが、そんなものはあるはずもなく、倒木がたまたまそういう形になっただけだ。ここでは人が作ったルールは役に立たないよな…とそんなことを考えながら歩いていたら、目の前に大きな倒木が道をふさいでいる。

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ありゃ、と思いながら、進んでいくと。

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そう見えただけだった。
倒木の横にちゃんと道がある。

登山は、人生のようだ…といつも思う。
手詰まりだ!と思っても、とりあえず進めるところまで進んでから考えてみることだ。
自然からたくさんのことを学べる。

さて、山頂に寄らずに、4号路で下山。
数人の登山客が登ってくる。
気が付くと、みんな雨具を来ていない。いつの間にかやんでいる。
そして、雨でも高尾山の山頂からは、たくさんの人の声が聞こえる。
傘をさして歩ける道もあるし。
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数年前は、怖くてとても渡れなかったであろう吊り橋を通り、リフトで降りる。
雲が少しずつ晴れてきて、景色が素晴らしい。
しかし、まだ手を放して写真を撮るほどの度胸はない。
もう少しなれたら、撮れるようになるかな。

蕎麦屋では、珍しい、蕎麦ビールと湯葉こんにゃくの釜揚げを食べる。
しみわたるおいしさだ。
写真をとったはずなのに、なぜか残っていない。
鴨丼と、蕎麦味噌汁でお腹を満たす。

温泉に向かう途中、アユを焼いているお店があり、アユの塩焼きを食べる。
アユの骨酒もあるが、これから温泉に入るし我慢をする。
次は骨酒かな。

この時間なら空いているだろう…と思ったが…。
温泉は、学生や夕飯の支度する前の主婦で、いっぱいだった。
休憩所で横になり、一休み。

今日は、心身の骨休め。
さて、もうすぐ7月。
暑い夏がやってくる。
また一頑張りだな。
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いかに生きるか(生き方)に正解はない

私たちは、小さい時から、家庭で、学校で、地域で、会社で…
こうしてはいけない、これをした方がいいとというようなことを教わってきました。
そして、いつの間にか、どう生きるかということも、なにか正解があるような感覚で生きています。

なにか困ったとき
「こうした方がいいのか?」
「何が間違っていたのか?」
と、正解や犯人捜しをしている場面によく出くわします。
そして、なかなか答えが出ず、いつまでも悩み続け、苦しい気持ちから抜け出せなず悶々とすることがあります。

実際は、自分が「いかに生きるか(生き方)」によって、答えが違ってくることがほとんどです。
ちゃんとまじめに、家庭や学校や会社で教わった通りに生きているのに、なんか空回りしたり、うまい方法が見つからなかったり…。
それはどうしてなのでしょう?

実は、家庭や学校や会社で教わった方法は、社会でみんなとうまくやっていくための、スムーズに生きるためのルールです。
ルールがある部分は答えが出やすいのですが、恋愛、家庭の問題、困りごとのプライベートでの局面は、ルールが無いことが多いです。またそのルールも、絶対的なものではなく、地域により時代により、変わっていきますし、絶対に守らなければならないというものでもありません。
どのルールをどの程度守るかは、個人個人によってかなり違ってきます。

しかし、小さい時から、ルールをいかに守るかという教育を受けているので、「では、私はどうする?」という問いかけができなくなっています。
また、自分の中で折り合いがつかないという葛藤が起こることに、混乱する方もいます。
「こうしたいけど、でもやりたくない自分」という矛盾した気持ちが、受け入れられず、どちらが正解か…と考え続けたりします。

自分にとって何が大切なのか…を把握しながら生きている方や、考えようとしている方は、なかなかいないでしょう。
何をどうやっても、100%いいことも、100%悪いこともありません。
その中で、どちらかを選ばなければならない事もあります。
なにをどう選んでも、リスクはあります。
だから、なにをどう選んでも、結局なんらかの後悔はあるのではないかと思います。
そしてあとから、「あの時別の選択をしていたら…」と、ぐるぐると考えてしまうのです。

なにをどう選んでもいいのです。
ただ選んだことの結果が、自分にかえってくるだけです。
だから悩むのです。
悩むことは、悪いことではありません。
悩むのが嫌で、早く答えを出したくて、「こうするといい」と言ってくれる人や場所をつい頼ったりしたくなります。
でも、それは、自分の人生を生きることから逃げていることでもあるのではないでしょうか?
もちろん頼りたくなる時は、あります。でもずっと…というわけにはいかないのでは…。
…う~ん、頼り続けるのも、その人の選択ではありますね、確かに。
何かや誰かに頼り続ける…という選択をしても、その結果は自分にかえってくるということは変わりません。
その結果に、頼られた人には責任はないのです。そこはよくよく考えなけれな…。

悩むということは、自分の人生を生きようとしている姿勢でもあります。
 ただ、悩みの中にいることで、悲劇のヒロインになっている方もいますが…
本気で自分の人生を生きようとしている人は、悩みはするけれど、愚痴を人にこぼすことはあまりないでしょう。
愚痴をこぼしている暇があったら、失敗してもいいから行動することを選ぶと思います。
 でも、たまには愚痴もこぼしたくはあります…。たしかにあります。

悩むのは、辛いことです。その辛さは、自分の足で人生を歩こうとする痛みでもあります。
一人で悩んでいても、堂々巡りで、埒が明かないこともあります。
そんなときは、くるりんを思い出してみてください。



生き方コンシェルジュ くるりん

個人レッスン
日常的にあるストレスにより、自分の思い込みに気づく作業からやっていきます。
毎回進み具合により、宿題があります。
 
料金 75分 7,000円
    高校生以上が対象です。
   
    未成年の方は保護者の同意が必要です。
    毎週~隔週1回のペースでお越しください。
 
インナーチャイルドの癒やしは、今ままで自分を苦しめてきた、生き方、考え方の癖に気がつき、行動パターン、思考パターンを変えていく作業です。
地道で辛抱のいる作業です。
長く続けていくことが、自分の人生を充実感をもって生きて行くための早道です。
 
問題はないけれど、さらに生き方をステップアップしたい方、セラピストの方、霊性を向上させたいという方にも有効です。
 
ご家族のことで解決したいことがある場合も、あなた自身の霊性の向上によって解決できることもあります。

お問合せ
くるりん事務局

7月の予定

最近、すっかり事前に予定を告知することを怠っていた、くるりんです。
今回はちょっとがんばってみました。

7月1日(土) 9:30~12:30
DVD上映「サポートするためのプラーナ10回講座 5回目」
要望の高い講座をDVDで再現。
すでに勉強をされている方限定の上級者向け内容です。
先月は開催されず、7月に5回目を行うことにしました。
神智学からの内容で、とても分かりずらいところですが、興味を持たれる部分でもあると思います。
参加ご希望の方はお問合せください。

7月3日は、峯入り行に行ってきますので、くるりんはお休みとなります。


7月8日(土)~9日(日) 
長野県岡谷市出張&久保寺坐禅会に参加

7月13日(木) 10:30~14:30
 コミュニケーションってなんだ?in岡谷市 3回目
 3回講座の最終回です。
 「共感的コミュニケーション」を教材に進めていきます。
 参加費 7,000(昼食付)
 参加ご希望の方は、下記事務局へお申込みください。

7月23日(日)~26日(水)は、神事、峯入り等で、くるりんはお休みとなります。

このほかに、東大和クラスでは、「コミュニケーションってなんだ?」に続く勉強会を検討しています。
詳細は、別にアップしますが、日程は、日曜クラスは7月16日、平日クラスは、18日(火)になります。
人とのコミュニケーションの前に、自分とのコミュニケーションが大切なんだと認識しましたが、それに役立つ、心理学とそれにプラーナについての捕捉を入れての内容にしたいと思います。
表題など、考え中です。
なお、私は、心理学も素人なので、また参加者の皆さんと一緒に考察できたらいいなぁと考えています。
なので、少人数制で行っていきます。
しっかり話せて、いろんな意見を聞いて、がっつり学べて身に付いていきます。

参加申し込み&詳細お問合せ
くるりん 事務局

生き方を変えるということが、いかに大変か

火曜クラス3回目終了しました。
今回の教材は「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」でした。
一番難しい内容で、結局半分くらいしかすすみませんでした。
決して、難しいことを書いてあるのではありません。
とてもわかりやすい言葉で、理解しやすいことを書いてあります。
しかしだからこそ、それを実行することの難しさをひしひしと感じるのです。

前々回に書いた、「生き方を変えるということが、いかに大変か」ということにも繋がりますが…。
奇跡は確かにあります!

やり方を変えることは割りとできるかもしれません。
・人のことを優先していた人が、自分のわがまま(と思い込んでいた事)を優先するようにしてみる
・自分本位のやり方から、人に合わせてみる
・イラっときたことを我慢していたことを、表現してみる
・すぐに怒りを表現していたのを、ちょっと我慢して言わないで見る
などです。

それもやってみるとわかるのですが、思ったほど簡単には行きません。
1日2日ならできるかもしれませんが、半年1年それも毎日となるとそうもいきません。

やり方を変えるだけでも大変です。生き方を変えるということは、生きる基準とか、尺度とか、方向性とか、もっと根本的な価値観を変えるということでもあります。そうそうたやすくはいかないでしょう。

今日の勉強会に参加された方は実感されたと思いますが、「自分とのコミュニケーション」がうまくいっていないということは、自分がなにを大切にして、どのような意識で生きているのか…、そこに気が付いていないということにもなります。
気が付いてもいないものを変えることはできません。
そうなると、まずは、自分を知ること、そのための自分とのコミュニケーションが大切になってきます。
どこまで行っても結局、「自分とのコミュニケーション」…というのが今日の学びでした。

自分のインナーチャイルドを知ることも、「自分とのコミュニケーション」が基本になりますし、癒すことも、「自分とのコミュニケーション」によってです。
また、どんな自分になりたいのか、どういう生き方をしたいのか、というもの、「自分とのコミュニケーション」からわかってくるのです。
自分のことは、思いのほか知らないのだな…というのが、今日の実感です。

自分という一番やっかいな相手とうまく付き合うことができるようになったら、きっとたくさんの人ともっと良い付き合いができるようになるのではないか…。そしてもっと、人との関わりが楽しく、楽になっていくように感じます。

勉強会を振り返り…日曜クラス

この前の土曜日に、「コミュニケーションってなんだ?」の日曜クラスの三回目、最終回でした。
終わった後、このような勉強会を継続してやって欲しいという受講者からのご希望があり、いい時間を過ごせたと思います。

2回目と3回目は、教材にした本を読み合わせる…ということをやってみました。
私の経験や、受講者の体験、また質問が、一人で本を読むだけとは違う発想を知ること、考えることにつながり、私も良い学びとなりました。ありがとうございました。

3クラスとも違う教材を使ったので、いろんな手法はあるけれど、結局大切な共通するポイントというのがあって、これを押さえればいいのか…というのも見えてきました。(ここで書くとネタばらしになるので…)
見えてきても、使うことの難しさは余計しみじみと感じておりますが…。

それと、人とのコミュニケーションが苦手な人、出来ないと感じている人、ストレスになる人は、共通する傾向があることも気が付きました。
それは、私も含めてなのですが…
人とのコミュニケーションで苦労している方は、「自分とのコミュニケーションがうまくいっていない」ということです。
性格的には優しいタイプの方が多いと思います(私も(^^;)が、「私はわがままだから」「人に迷惑をかけてはいけない」「人の面倒をみなければならない」などの思いこみが強い傾向があるように感じます。自分をさておいて、人のことを優先するクセが付いている長男長女の方、親に目をかけてもらえなかった中間子、いらない子とか、優秀な上の子に比べてできないダメなやつと末っ子とか、親のために生きるのだと思い込んでいる一人っ子とか…。自分の気持ちよりも、人の気持ちを考え、言われる前に希望に沿おうとする傾向のある方…。

そもそも、自分が何を伝えたいのかわからない…(もやもやしているのに)
そもそも、自分が何を感じているのかもわからない…(もやもやしているのに)

という感じで、だけど自分の考えられる範囲で相手を押し測って会話しようとして、ビクビクしたり、逆に虚勢を張ったり、警戒したりして、なんとなくうまくいかない…ということが多いように感じます。

わたしもそうです。
この勉強会で理解できたことを生かして、自分の内面へ、インナーチャイルドへの問いかけを、さらにしてみました。
そうしたら、出るは出るは…。
いままで癒されていたと思っていた部分まで、どんどん語りだしてくる…。
大人の自分まで苦しくなり、親がやったように、「はいはいわかった。そのくらいでいいでしょ」っていいたくなることも何度もありました。
蓋をしていた深い部分の傷を感じることは、痛みを伴い、とてもつらいことです。
思い出したくもない事を思い出す…。
でも、思い出さなくて蓋をしていても、そのエネルギーは消えることなく私の中にあり続ける。
傷は心の血を流し続けている…。
生まれ変わってもそれはあり続ける。
ならば今、私は、できるだけその蓋を開け続けていきたいと思うのです。
「今できることは、明日に残さない」
そのためには、生活の中の「今できるが、明日できることは、明日になってやろう」というスタンスにするようにしています。

それは、学びからの私の生き方であり、正解ではありません。ひとつの選択にすぎません。
人により違いますし、だからその人らしい生き方なのです。

今日は、これから、火曜クラスの勉強会。
さて、どんな最終回になるのか…
楽しみです。

奇跡は確かにあります!

私は、もともと自然療法家です。
自然療法をあえて選択する方は、病院の治療や薬を極端に嫌っている方が多いです。
また逆に、現在医学しか治療と認めない方もいます。
最近は、その垣根はずいぶんと和らいできているように感じてはいますが。

もしかしたらがっかりされる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は、中間的立場をとっています。
どの療法も、治療も、100%確かなことはなく、得意分野と不得意分野があり、合う人と合わない人もいると考えています。
だから、「いいとこ取り」をすればいいのではないかと。

わたしは毎年定期健診を受けています。
3年前は暴飲暴食が祟り、高血圧も肝臓の数値も、要治療のレベルでした。
こういった検査で客観的にどこが悪いかわかるのは、現在医学のもっと優れている点だと思います。
そして、私は、次の選択として、薬での治療をする前に、生活をあらためることにしました。
朝早く起きて、ウォーキングをし、周に1回の断食と休肝日を設けました。
そうしたら、2年前は、要観察まで下がり、昨年は、通常の数値に戻りました。

まだ自己治癒力が働いているうちは、このように療法に頼らずとも、生活を改善するだけも、かなり良くなることがあります。
しかし、自分の力ではどうにもならないときは、なんらかの治療が必要でしょう。
私は、専門でもあるのですが、もっとも手っ取り早い、ホメオパシーを活用することが多いです。
捻挫や腰をひねったり、怪我をして調子が悪い時は、接骨院の友人にちょっと診てもらうことありますが、ほとんどは整形外科に行きます。
虫歯は歯医者に行きます。

もっと重大な病気になった時は、すでに自己治癒力がうまく働いていない事もあります。
自然に命を任せるのも一つの選択かもしれません。
でも、なんとしても生きたい…ということの方が多いでしょう。
そういった時は、いろいろな療法を試すより、私は現在医学を選ぶでしょう。
ただでさえ弱っている体で、どんどん病状が進んでしまうことも多いからです。
それより、身体への負担が大きくとも、病原を無くすことで、次の手が打てる時間が持てるのです。
延命ということに関しては、現在医学に勝るものはないと私は思います。

そして、ホメオパシーは、強い薬や治療の副反応を和らげたり、不快感を軽減したり、補完としても優れている療法です。
また、ホメオパシーを中心とした治療で、補液や補完として薬を使い身体の負担を軽減する…ということをやっている国もあります。
だから私は、そのときの状態によって、うまく使っていくことが、一番賢いのでは…という立場をとっています。

さて、自然療法を選ぶ方の多くの方は、「奇跡の治癒」があるのでは…と期待しているように感じることがあります。
たしかに、どんな療法でも、または宗教や、サプリメントとか、体操とか…なんでもいいのですが、奇跡的に治ったという症例の1つや2つはあると思います。
それをあたかもこれが奇跡を起こした…と、大々的に触れこんでいるところと、そうでないところがあります。

奇跡的に病気が治るときの理由はいろいろありますが、大きくは2つあると思います。
1つは、病気が治った代わりに、家族がバラバラになったり、不幸なことが起きたりするケース。または、再発したり、もっと深刻な病気になるケース。その場合、身体は治っているけど、魂が傷ついていることがあります。これは、治してもらった人も、治療家や療法家も、カルマとなる可能性があります。

もう1つは、病気になったことを機会に、生き方を180度変えた場合です。この奇跡は、患者自身に起きていることなので、どんな治療であっても、教えであっても、可能な奇跡です。こういう奇跡はとても清々しく、映画のワンシーンのようです。私もそうですが、このことをわかっている治療家は、あえてそれを自分の症例として出しません。

くるりんにいらっしゃっている方は、生き方を変えるということが、いかに大変かを実感していますので、このような奇跡が、その人の努力無しには起きないことを知っているでしょう。ということは、2つ目の奇跡は、奇跡のようで奇跡ではないのかもしれません。
どちらかというと、因果応報、原因結果の法則…。

1つ目のような、天から降ってわいたような奇跡は、宝くじ当たったようなものと私は考えています。
よほど自制しないと、宝くじに当たってから、人生が狂ってしまう方も多いです。

ということで、奇跡は確かにあります。
確かにありますが、それをはじめからあてにして、いいものかどうか…。
まだ当たっているかわからない宝くじを担保に借金をするようなものです。
しかしあえて、それを選ぶのも人生。
ただし、その結果は必ず自分にかえってくる…というだけのことだけは忘れないように…。

「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」を教材に

「コミュニケーションってなんだ?」の火曜日クラスの教材は、「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」です。
アサーションとは、自己表現のひとつで、ある意味日曜クラスのコールドリーディングと真逆になります。
同じ設問から初めて、来る方によってこれだけ方向性が変わるのかと、…新鮮な驚きです。
しかし、共通することがあります。
それは自分の気持ちとの向き合い方。
自分を知ろうとしなくては、人の話を聴くことも、自分のことを表現することもできません。
こんど岡谷クラスでのテーマ、共感もそうです。
まずは、自分自身に共感できなくては、人に対して共感はできません。

アサーションでは、自分とうまく付き合うということを何度も書かれています。
自己評価の癖に気が付き、今ここのありのままの自分を受け入れ、今の自分を大切にする。
大切にするってのは、そのままでもういいのだと何もしない事や、甘やかすことではないので、なかなか難しいかも…。

自分と付き合うための第1歩として、「今・ここ」の自分の気持ちに気が付くこと…。
あれ?坐禅みたいだ…と感じました。

禅とは「今・ここ・自分」を見つめ続けること。
…今月も8日に坐禅会があるから、「今・ここ・自分」を見つめてこよう。

そこから、自分のものの考え方や見方をしること。
感情、感じ方、もの見方考え方に、良いも悪いもない…というのが正直に見つめるときのポイント。
でも、最近の傾向では、分別がありすぎて、善悪か、正解か間違っているか…ばかりに話が偏る傾向があるなって思う。
2でも3でも、割り切れないのが人の気持ちなのだ。
自分の気持ちと向き合うとき、人と深く向き合うとき、分別なかでは割り切れないものがある。
それが、禅でいう、「無分別智」。
一般的な「分別のない人」とはまた違う。
何を言っているのだろう…と思う方は、ぜひ禅寺で坐ってもらいたいな、って思います。
自宅で行う瞑想とか、マインドフルネスともまた異なります。
同じところを通るかもしれないけど、その先があるというのが、坐禅ではないかと思うのです。

あれ?話が違う方向に行ってしまいました。
まったく分別の無いことで、申し訳ない…。

ます、コミュニケーションの第1歩は、自分が何に対して、何を感じ、どう考え、どう行動するか…を自分で、ちゃんと把握するとことからではないでしょうか?
その観察というものが根底にあるというのが、コールドリーディングと、アサーションとの共通点ではないかと思うのです。
そして、行動が、聴くことが主体なのか、伝えることが主体なのか…の差で、人と深く関わろうとするとことも共通なのではないかと思うのです。
ほんとに大切なものを知って、大切にするための方法を学び、身に付けていくこと…実は、とても大切なことではないかと思うのです。


東大和火曜クラス  3回目6月20日

参加費 昼食付き各回7000円
時間 10時半~14時半(お昼時間を含む)

会場 東大和クラス…くるりん
     東京都東大和市南街6-11-2 

お問合せ&お申込み
くるりん 事務局




臨済宗妙心寺派 久保寺
坐禅会 毎月8日 PM7時~

詐欺師の手法「コールドリーディング」を教材に

「コミュニケーションってなんだ?」の東大和、日曜クラスの教材は、詐欺師の手法とも言われる「コールドリーディング」。
受講者は嫌悪感、拒絶感で、しかもレビューがあまりよくなく、躊躇してしまい、買わないまま参加…という方もいました。
それを勧めた私への信頼感のなさもあるでしょう。
日ごろの我が身も反省するのでした。

なんたって、詐欺師の手法ですから…詐欺師の手法を使うことは、なんかいけないことをしているような感覚に襲われたりもします。
悪いことをこれからするような感覚にもなるでしょう。
でも本を読んでいくとわかるのですが、別に、相手をだましなさいと言っているわけではないのですね。
楽しい会話ができる人、言葉のキャッチボールができる人などは、実は自然と使っている方法で、楽しく会話した先に、なにかだまし取ろうという意図があるわけではありません。
でも、やろうと思えば、だますことくらい、そこまでできるくらい、効果のある対話術であることは確かです。

手法は同じでも、そこに悪意があるのか、好意があるのか、…気持ちが大切なのではないかと私は思うのです。

大切な人と、楽しく会話を楽しみたい、もっと相手のことを深くしりたい…と、思ってはいませんか?
職場で、ぎすぎすした雰囲気ではなく、和気あいあいとした中で、そこまでいかなくても、フラットな気持ちで仕事が出来たら…
家族の中で、黙々と居心地が悪い感じで食事をするのではなく、楽しい会話での団らんが出来たら…
会話がいつも一問一答になってしまう、そうではなく、お互いの心に触れるような会話がしたい…
パーティーなどで、いろんな人と会話がはずんだらいいなぁ…

そんな思いを思っている方であれば、とても有効です。
しかし、勉強会で使ってみて、改めて読み込んでみると…簡単なようで難しいことがわかります。

なぜなら、質問と思わせず、相手から話してもらう手法なので、「わたし」の出る幕が無いのです。
自分が話題の中心でいたい、私の話を聞いて欲しい…という方や、そういう場面には合わないのです。

しかし、ここは、霊性的価値観の原則…
「欲しいを手放すと手に入る」の原理が働きます。

自分の「聞いて欲しい」「わかって欲しい」と手放して(横に置いといて)、相手への理解を深めたいということに集中して話をしていると、相手からの信用を得られるようになります。そうなると、自分で努力をしなくても、相手は、私のいうことに、耳を傾け、また理解したいと思うようになってくることが多いでしょう。
しかし、「聞いて欲しいから、コールドリーディングで相手の話を聞く」ということになると、自分の欲しいもののために技法を使うので、確かに、詐欺師と同じことになる場合もあるでしょう。
しかし、相手のことを知ろうともせず、気持ちや立場をわかろうともせず、ただ自分が一方的に正しいと思うことだけを伝えようとするよりは、ましかもしれません。

私もよくやってしまうのですが、相手のためと思って、アドバイスしたつもりで、知らずに相手を傷つけてしまうことがあります。
まずは相手の気持ちを聞くことがたいせつなのですが、それがなかなか難しい。
話して欲しいと言って話せるものではないし、自分でもよくわかっていないこともあります。
聞く技術というのは、身に付けておいて悪いことではないし、しかも、相手が気持ちよく話してくれて、喜んでいるのであれば、しかも幸せな時間を共有できるのであれば、とてもいいことのように感じます。

また家族であれば、365日24時間、相手を肯定的な気持ちだけでいられることはないでしょう。
気持ちが子供や夫(妻)に向いていないときでも、身に付けた技法があれば、八つ当たりみたいな会話にならずにすみます。
機嫌が悪いまま、子供に当たっていいことでもありません。
また、人によっては、普通にしていると不機嫌に取られて、知らずに家族に気を使わせていることもあります。
そんなときに技法は役に立ちます。

私がコールドリーディングが改めていいな…と思ったのは、正解が無い、だから失敗が無い、否定が無い…ということです。
私のように長子(長男長女)だと、しらずにいい子が身についています。
いい子は、正解をいつも探し、失敗をしないようにし、自己否定や他人非難をする厳しい目をもっています。そして生きにくくなっています。大切な人と、本当の意味で親密な関係を築けません。相手の個性を良さととらえるより、これは正しいかどうかを気にするからです。…私の話です。

まだ読んだことのない方はぜひご一読を。
一瞬で相手を落とす! コールドリーディング入門~人に好かれる!信頼される!禁断の話術&心理術「ホワイト・コールドリーディング」 (FOREST MINI BOOK)

ちなみに、この本を購入しなかった受講者は、勉強会終了後、さっそく購入を決めたようです。
見た目で判断できないのは、人も本も一緒かもしれませんね。

さて、次回はいよいよ3回目で最終回ですが、日曜クラスなのに、土曜日になりますので、ご注意ください。

6月17日(土) 10時半~14時半(お昼時間を含む)

参加費 昼食付き各回7000円 
会場 東大和クラス…くるりん
     東京都東大和市南街6-11-2 

3回目だけ参加されたい方は、教材を読んである程度使ってみてくださいね。
参加された方、ぜひ感想をお寄せください。
公開しても良いよって方はコメントで、公開して欲しくない方は、メールにて…

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くるりん事務局
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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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