久々の穂高

山から下りた後は、穂高に1泊しました。
まだ、くるりんが「ホメオパシープチ」のときに、仕事で来ていたところです。
2009年から2014年まで、2~3か月に1度、多い時は毎月来ていました。

今回は、半年前にオープンしたばかりという、「ゲストハウス燈」に宿泊。
きれいで、気さくなオーナーさんと、常連さんの方と、楽しいひと時を過ごしました。
西友スーパーの目の前なので、食事とかにも困りません。
ちなみに、おみやげ物屋さんが定休日だったので、ここでお土産を買いました。
野沢菜…ワサビ漬け…地元の味です。

20476602_503644909977591_8833778220540021918_n.jpg

それからオーナーさんに、2~3時間で、気軽に登れる里山情報も聞きました。
そのうちまた、くるりんでなにか企画をしていきたいと思います。
この宿のFBのアルバムを見てみると、冬は丸こたつがある模様。冬も訪れてみたいな…。

今回は、仕事でお世話になった神社へのご挨拶とお礼。数年お世話になったのに、近くにきて素通りもありません。
私が、新しい土地で仕事をさせていただくときに、近くの氏神様にお参りに行くことが習慣になったのは、ジブリ映画「となりのトトロ」を見てからです。
山に入るときも、私たち人間は、よそ者なのですから、ちゃんと挨拶をしていますよ。我が物顔では、いけません。

さてまずは、駅前のカフェ「ひつじ屋」さんで、レンタル自転車を借ります。ピンクのかわいいママチャリを借りました。
今回は、何度か行ったことのあるコースなので、周辺地図だけいただいて出かけましたが、いろいろ親切に教えてくれますよ。
また、店内は小物や本が展示&販売をしています。
ゆったりとした時間をここで過ごすのもいいものです。

次は、穂高神社前の100円ショップ「セリア」で、虫よけシールなどをお買い物。
このお店も、広くてかわいいのがたくさんあって、油断していると、時間がどんどん過ぎてしまいます。
今回は、必要なものだけ買って、ちゃっちゃと出ます。

穂高神社へ参拝。
さすがに嶺宮には行けませんが、いつか行ってみようかな…。穂高神社主催での、嶺宮登拝もあるようですね。
奥宮もまだ行ったことがないので、またそのうちに行ってみたいですね。明神池…なんか魅惑的です。

その後はちょっと、サイクリング。川沿いのサイクリングロードを走ります。
以前、通りすがりに、鳥居を見かけ立ち寄った日吉神社。とても気持ちがいいなぁと。
今回も行ってみます。

なんと、今回の宿泊した「燈」のオーナーが以前住んでいた近くで、毎日仕事前に、参拝していた神社…ということだそうです。
なんともいえないご縁を感じます。

その後は、もう少し進んで、「田淵行男記念館」に行きます。
ナチュラリストの先駆けとなる方で、山の写真や、昆虫のスケッチは、一見の価値ありです。
また、愛用していたカメラなども展示されているので、カメラ好きの方にもおすすめです。

記録DVDなど、初めてその生き方に触れましたが、ただ地道にコツコツと、生きた方なのだなと感じました。
彼のように生きられたら、幸せだろうな…と思いました。

とゆっくりとしていたら、もう戻らないといけない時間です。
途中で立ち寄った、地元の大型スーパーでお弁当を買って食べ、戻ります。
お蕎麦屋さんでも…と思ったら、どのお店も定休日でした…!残念。
自転車を返し、「ひつじ屋」さんで淹れたてのアイスコーヒーをいただきました。相変わらずおいしい。
今度は、いつ来れるのだろうな…。

さて、高速バスまで、30分ほどあります。
まだ1度も入ったことのない、穂高神社の「御舟会館」の展示物を見学していきます。
さて、久々の穂高の街を堪能しました。
お天気は良く、すっかり日焼けをしましたが、北アルプスの山々は、雲に隠れ、その姿を見ることはできませんでした。
う~ん、残念。

穂高の町は、松本やほかの街並みとも違う、「日本の原風景」ともいえる、なんとも言えない懐かしさがあります。
「田淵行男記念館」の山の上からみた穂高の町の風景写真をみて感じたのですが、熊本に行った時の風景に似ているのです。
熊本に住んだことのある人は、とてもいい処だと必ずおっしゃいます。自然と共に生きているように感じられました。
穂高にも、そんな感じが感じられます。
終の棲家として、住みたいと思う方が多いのも、うなずけます。
またかえってきたい場所…、そんな雰囲気のある場所です。


スポンサーサイト

日本の信仰心について感じたこと

峯入りから戻ってきました。そのせいか、なんか信仰心について書きたくなりました。
こういったネタは、私としては、珍しいです。
宗教臭がするのはイヤ…と、苦手な方は、読まずに飛ばしてくださいね。
また、お読みいただく方も、これはあくまでも、今の私の感じたことで、1年後には、違う感じ方になっているかもしれません。
その辺は、了解の上、読んでくださいね。

今回の峯入りも結構な雨続きでした。晴れていれば、そんなに大変ではないかもしれない登山道も、ぬちゃぬちゃ、べちょべちょで、しかも滑るし、最後まで気が抜けない山行となりました。
しかし、山頂が近づいていた時に、一瞬ずっと雲の覆われていた山頂の岩肌が姿を現しました。

「お~~~!」
畏敬の念というのは、こういうことをいうのだろうと思います。
畏れ多く感じる気持ち…、でも怖さとは違う…どちらかというと大いなる安心感というか…しかし、「なめちゃいかん」という気持ち…
憧憬の念もあり、「よし行くぞ!」という気合、少しでも近づきたい気持ちになります。

日本人は、昔から、大いなる自然から学び、生活も自然と共にありました。
そして、なんでも感でも神様が宿ると考えていたのです。だから八百万の神。
八百万の神…というのは、一神教の国々からみると、なんとも摩訶不思議な感覚なのでしょうね。
全ての生物、そして無生物、人が作った無機質なものまで、全てに神様が宿ると考える、日本の信仰心。
なにかの宗教に属するのでは無く、ただすべてのものに、感謝と尊敬をもって生きていくこと、そして、自然の力に対する畏れrる気持ちを持っていること…それが日本人の生き方ともいうべき信仰心なのではないでしょうか?

熊本に行ったときには、いつ噴火や台風などの災害が起こるかもわからないことすらも、日常の中にあり、自然とともに生きているのだ…と感じられました。そういう人たちはたくましいです。ちょっとやそっとでは、へこたれません。

しかし、この畏敬の念をもって生きている人は、少なくなっているように感じます。
なんでもかんでも、努力すればなんとかできる…と考えている。自然の大いなる力すらも、コントロール可能だと考えている。
確かに科学の進歩により、かなりの部分がコントロール可能となり、便利になりました。
そのことが、私たちの幸せをもたらしているのでしょうか?
むしろ、他の自然と分断され、孤立化を深めているだけのように感じます。
また、コントロールを失った時、…例えば、災害などで、立ち直れないほどの挫折感を喪失感に見舞われるのではないかと思います。とても弱くなり、大丈夫なときも、なにかしらの不安感の中に生きているように思えます。

そのせいか、パワースポットが流行っています。
では、最近のパワースポットブームは幸せをもたらしているのでしょうか?
ある人にとっては、そうかもしれません。
しかし、素晴らしいものをなにかしらに与えてもらおうとする姿勢は、それがないと、やっていけない…ということにも繋がりかねません。
そうなると、「自分は、よりたくさんもらおう」という姿勢にも繋がるでしょう。
お金の豊かさが、良いパワーに変わっただけで、生き方自体は、もしかしたら、同じなのかもしれないな…とも感じます。

自然から、なにか良いものをもらおう、頂こうとするのではなく、自然から学び身に付けていく、そして共存してく…というのが、本来の日本の持つ、信仰心ではないかと、今の私は考えています。

年に1度の健康診断

昨日は、健康診断に行ってきました。
私がお世話になっている診療所は、数値だけで薬を出すような、診断をしないドクターなんです。
むやみと薬を出さないせいか、近所にある診療所より、空いているのです。それでもかなり待ちますが。
やはり、たくさん薬をだす病院の方が流行るようです。

子供が中学生のころ、インフルエンザが流行っているときも、学校で高熱をだし、「受診してださい」と、帰されたのですが、「高熱だからってインフルエンザとは限らないんだけどな」とちょっとうんざりする感じで、「このくらい寝ていればなおるから」と、薬も特になく、診察代も無しで診てくれました。

日ごろから、自然療法をやっている方は、どうしても、病院を嫌がる傾向にあると思います。
たしかに、イヤな目にあったとか、薬でこりごりな思いをした経験から、そうなっている場合もあります。
でも、探せば自分にあうドクターは、きっといると思うのです。

たしかに一昔前なら、自然療法をやっているというだけで、ドクターから非難されたり、診ないと脅されたり。
また、提示する治療を断ると、重病で入院していても、出されてしまったりした方も中にはいました。
そんな話を聞いて、人道的にどうなんだ…って感じてました。
でも、今はずいぶんと様子が違うように思います。
自然療法も使っていても、治療や検査をそれだけで断ることは、無くなっているようです。
担当医に相談すれば、いいと思いますし、いいと思う自然食品を使っていても、よほどのことが無い限り、とくにとがめられることも無いでしょう。
病院もとてもオープンになってきたように感じます。患者主体というか…。

これは私個人の考えですが…どんな療法であれ、検査だけは、医療機関でないとできないのではないか…と思います。
正しい体の状況は、医療機関の検査しかできないのではないかと感じています。
自然療法や、エネルギーを扱う療法での診断では、医療機関ではわからないエネルギーの状態はわかるかもしれないけど、ほとんど機能を失っている臓器の状態など、肉体レベルのことは、医療機関の検査が1番確実だと私は、思っています。

実際私も、健康診断を受けに近くの診療所に行くのだけど、病気が見つかったら、どうするかは、また別の問題です。
そこは、その人なりの生き方…といういうか、生き様に、なるのではないでしょうか。
私は、治療を自然療法でやるかもしれませんが、それでも、状態を診てくれる医療機関を探すと思います。
日ごろからそういう意識で探しています。健康診断はその医療機関を健康なうちに、下見をできる機会でもあります。

ちなみに私は、4年前、数十年ぶりに健康診断を受け、要治療の高血圧と、要治療の肝機能、要治療のコレステロール値でした。
即治療が必要なくらいの数値で、ここでこのまま治療をすることも出来るが…とドクターに前置きをされ、「その前に」と、運動と週1回の休肝日を設けることを、ドクターから提案されました。

私はまず、生活習慣を変えることにしました。
ほぼ毎日のウォーキング、周1回の断食、ついでに休肝日…

そして、3年前は、ボーダーラインを少しでたところまで、正常値に近づき、2年前は、完全に正常値になりました。
今年は、毎日やっていたウォーキングも休肝日も、断食の日もすっかりさぼって、メタボ気味になしましたが…。
正常値でセーフでした。

もしどうしても治療が必要な病気が見つかったら、必要なときは、病院の検査を受けてくれと躊躇なくいえるような、謙虚な自然療法家を探すと思います。
少なくとも私は、「この療法は、絶対です」「自分に任せれば大丈夫」「奇跡的に良くなった方がいます」というような治療家やドクターは避けるかなぁ…

どのような選択であれ、自分の身体ですから、病院も自然療法も、いいとこ取りで、自分のライフスタイルにあった方法を模索していきたいものです。


勉強会の日程変更

岡谷市での勉強会、「コミュニケーションってなんだ?in岡谷市 3回目」は都合により、7月16日(日)に変更になりました。
今回だけ参加してみたいという方、まだ、間に合います。

 「共感的コミュニケーション」を教材に進めていきます。
 参加費 7,000(昼食付)
 参加ご希望の方は、下記事務局へお申込みください。

参加申し込み&詳細お問合せ
くるりん 事務局


新たな勉強会は、8月からのスタートを予定しています。

 インナーチャイルドを理解し癒すために
 子育てのために
 自分の生きにくさの原因を理解するために
 人間関係を円滑にするために
 よりよく生きていくために…
または、
 なんのために人は生きていくのだろう?
 カルマや輪廻転生について(あまり多くは触れませんが…)
そのような疑問への手掛かりがみつかるかもしれません。

知っているといいと感じられること、それは、この世に生を受けてから人がどのように、成長していくのだろうか…ということ。
生物学的なことや、心理学で、私が理解している範囲で…それに、プラーナのことも少し織り交ぜて、胎教というところから、中年の危機や、老年期…そして、死後へと続く成長について、一緒に学んでいきましょう。

私は、科学者でも医者でも心理学者でもありません。
だからすごく専門的はことは語れません。絶対に正しいとも言い切れません。

でも、だからこそ、浅くても広範囲な視野で触れることができるのではないか…と。
そして、参加者の専門的な知識からもお互いに学びあうことができるのではないか…と、考えています。

そんな勉強会を、8月から進めていきたいと思います。
各回でテーマを決め、興味のあるところだけでの参加も可能にしたいと、思っています。
スケジュールはもう少しお待ちください。

神智学から、幽体、プラーナと、身体の痛みについて

今日はDVD上映「サポートするためのプラーナ10回講座 5回目」でした。
今回は神智学からの内容。
とても盛りだくさんで、3時間、頭の中はフル稼働…。
想像が及ばない世界を想像する…、よくわからないけど、自分たちに直接かかわる内容でした。

私たちの体は、目に見え、触れることのできる肉体とほぼ同じように、幽体と呼ばれる次元の違う見えない幕のようなものに覆われています。幽体とプラーナで肉体を保っているようです。
肉体自体は、痛みなどの感覚はそれほど強くは感じないそうです。
神経がプラーナの情報を直接受信するので、強い痛みは、どちらかというとプラーナで感じている痛み…になるようです。

プラーナ、感情や、過去に抑圧した思いの影響を受けます。
そんな内容もあったのですが、まさにそのような体験をした方がいました。

帯状疱疹になり、脇腹がバズーカ砲で撃たれるような激しい痛みに何度も襲われる…という症状に数日苦しんだそうです。
痛みとともに、なんだかイライラしてきて、昔のこととか思い出され、我慢していた事とかいろいろ感情が噴き出てきたそうです。
そこ方は、感情を感じ共感するということをしたのですが、もし、その感情をさらに我慢したり、そんなことを考えたらだめだ…と禁止をしたら、痛みはどんどん広がっていったのではないか…と思います。
脇腹のバズーカ砲で撃たれるような激しい痛みは、呼吸法や、ヨーガをすると、しばらくの間、痛みの感覚が伸びたそうです。
それをなぜだろうと思っていたようですが、今日の講座で納得されたようです。

もし神智学での話が本当なら、神経痛とか神経に触る痛みに、呼吸法がいいように思うとその方は言っていました。
痛みを呼吸で逃す…というのは、出産のときのラマーズ法もありますね。
ある種の呼吸法やヨーガは、プラーナの流れを調えます。
リラックスしてる状態の時にプラーナはよく流れるのです。

逆に、歯の痛みを痛み止めだけに頼り、かえって治りが悪かった…という方もいました。
薬は感覚を鈍らせるので、改善しようする力も弱まるでしょう。
痛すぎるとリラックスできず、余計プラーナも回りにくいので、多少助けを借りた方がいい時があります。
しかし、過ぎたるは及ばざるが如し…です。
呼吸法をうまく使い、ヨーガをできるだけやってみて、痛みを逃す…
それでも我慢できない強い痛みを薬に頼る…
そのほかの方法でも、痛みに対して、自分の力でもなんとかしてみる努力は大切なのではないか…

と、神智学からみた身体の仕組みを勉強して、感じたことです。


生き方コンシェルジュ くるりん
個人レッスン
料金 75分 7,000円
    高校生以上が対象です。
   
    未成年の方は保護者の同意が必要です。
    毎週~隔週1回のペースでお越しください。
 
ご家族のことで解決したいことがある場合も、あなた自身の霊性の向上によって解決できることもあります。

お問合せ
くるりん事務局
06 | 2017/07 | 08
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
リンク
QRコード
QR
初心者向けのFXセミナー