心配するとういことについて思うこと

最近、勉強会やその他、いろんなところで話していて思ったことです。
どうも愛するということと心配するということを同じだって思っている人多いなぁって。
同じといわないまでも、愛していれば、心配するのは当たり前だって。
まぁ、愛する対象は、恋人だったり、夫だったり、子供だったり、ペットだったり…。
心配しないと、「冷たいのね。愛していないのね」とか、思ったりする。
だから、お父さんの「そのくらい大丈夫だよ」という言葉をお母さんは「ひどい!」って思ったりする。
でもね、状況を聞くとお父さんのほうが正しかったりすることがほとんど。
その結果「愛していないのね」という思いこみのフィルターですべてを見てしまうので、関係がどんどん悪くなったりして…。
子供との関係でいえば、心配でいろいろ口出しすると「うるせ~ばば~!」とか言われて「ひどい、こんなに心配しているのに、1日中お前の事を考えているのに…(涙)」となってしまったりする。

じゃぁ、心配するのが悪いのかといえば、そういうことでもない。
でも、相手のためを思ってやっている…と自分では思っているが、どうも相手はそうみてくれないこともあるようだ。
では、心配ってなんでしょう?
プラーナテラピーで使っている分析という方法で、考察してみましょう。


①まず、心配するときの状況を書き出す。
 対象となる人やペットが(自分のこともあるかな?)、
 危ない所に行く
 危ない事をする
 初めての場所でどういう状況かわからないところに行く
 リスクの高いと思われるような行動にでる
 etc.こんな感じでしょうか?

②次に、その時の感情を書き出す。
 ○○したら危険と思い不安に思う。
 大変なことになるのではないかと、不安を感じる
 もし失敗して死んでしまたら、後遺症でも残ったらと不安を感じる
 失敗して取り返しのつかないことになるのではないかと不安を感じる

③それらの感情を掘り下げてみる(詳しい方法は勉強会か個人レッスンにて)
 感情としては、対象となる者が、私が危険と思うような状況に向かっていて、なにか失敗して取り返しのつかないことになるのではないかということを、私が恐れている。
 その恐れの感情を感じたくなくて、逃れたくて、安心を得たくてしていることとも理解できる。
 そうすると、心配は相手のためにやっているようで、私自身のためにやっているようにも見える。

と、私は掘り下げてみました。他の側面もあるんですけどね。
知りたい方は個人的にどうぞ。あなたの状況に即してお伝えしますね。なぜなら、妥当な心配ってのもあるので。

では、当事者としてではなく、まったくの他人が同じことをしたりしたら、どう思うか…客観的に見てみます。
(それが、分離という手法なんですが、詳しくは勉強会か、個人レッスンにて)

どんな失敗が想定できるか
そこで考えられる取り返しのつかないこと、というのはどんなことがあげられるかすべて書き出してみる
それは、本当に現実的か考えてみる

ここまで書くと、あり得なくはないけど、ほとんど起きない非現実的なことだってわかります。
あったとしてもあってから考えても遅くないこともほとんどです。
ならば、ほとんど起きないようなことをずーっと心配している事ってなんでしょう。
もうほとんど自分が作った世界に入り込んで自分だけの世界になっていますよね。

それに、人や企業が成長するためには多少の冒険やリスクを負うことも大切になりますし、それが経験となり強くたくましくなによりも、自信につながっていくと思います。
なんでもかんでも心配して、守りすぎたり、行動を制限しすぎたりしたらどうなるでしょうか?
無菌室で育てられた子供は、はたして世の中に適応できるのでしょうか?

昔からあることばで「情けは人のためならず」っていうのがありますよね。
昔から、同じような事が人間関係や親子関係で繰り返していたんじゃないでしょうか?

もちろんまったく心配しないというのもどうかと思う時があります。
その対象の年齢やいままで経験や状況で、あまりにも無謀ということはありますので。

何事もほどほど、中庸…というのが一番いいのではないでしょうか?
そのほうが煙たがられず、いい関係が築けるかもしれませんよ。

個人レッスンでは、あなたの状況に合わせて指導いたします。



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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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