「愛してます」

またまた、続きで今回は、「愛」や「愛してます」と言う言葉についての考察を書いてみます。
よく、街角で「神は私たちを愛してます」と言っているのを聞いたことがあるでしょう。
でも、「仏は私たちを愛してます」というのは、あまり耳にしないように思います。

また、恋人同士でも、欧米の方々は、「愛しているよハニ~♡」と愛をささやきますが、最近はちょっと違うかもしれませんが、「今更口に出していえるかよ」と、日本人には馴染みがない言葉です。

では、愛が無いのかといったらそうではありません。
それに変わる馴染む言葉を探そうと思ったのですが、あまり思いつきません。
日常会話だったり、ちょっとしこと、また、相手にはわからないようにその人のためになることをしているとか…。
みんなが使う、建てつけの悪いドアを直しておく。それについてわざわざ言わないとか…。
朝早く公園や公道の掃除をする、ごみを拾うとか…。
ほめられたいとか、役に立ちたいということではなく、ただ、必要と思うことを行うだけ、そして喜んでいる姿を見て自分の喜びとする…それは、本当の意味での利他的行動です。
また、家族や友人やパートナーが、ただそばにいて入れることだけで、愛を感じられる。
そういうところに、私たち日本人は愛を感じていたのではないでしょうか?

日本人の文化では、愛を与えたり、与えてもらったりすることではなく、そこにあるもの。すでに、あるもの。そこいら中にあるもの、どこにでもあるもの、空気のようにあるもの…というとらえ方をしていたのだと思います。
だからすべてのものに神様が宿るという考えの神道が土着の信仰としてあったのだと思います。
自然そのものが、私たちそのものが、生きているすべてものが、無機物でも存在そのものが、すでに愛なんです。
だから、当然あるものだから、口に出して言ったり、確認したりする必要がなかったのでしょう。
すべてのものを敬い、惧れる心。
すべての人が尊いから、優れている必要はなく、一人抜きんでる必要もなく、だから輪の文化で和の文化なのではないでしょうか?

でも、今の日本には失われているように思われます。
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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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