ホメオパシーからみた病気

 ホメオパシーとミネラル

今月から長野県岡谷市で始まる「ホメオパシー勉強会in OKAYA バイタルエレメントキット4回講座」の原稿を書いているんだけど、参考にしている氏ジャン・ショートン氏の「ホメオパシーとミネラル」の本が素晴らしく、そこに書いてあるホメオパシーの創始者ハーネマンが定義付けした病気についての解説が、とてもいいので、かいつまんで引用してみたいと思います。
私なりに理解した内容なので、ジャン・ショートン氏が意図することと違うかもしれません。
専門書なので、ちょっとお高いし、ボリュームあるし、ホメオパシー的感覚がわかりにくいこともありますが、興味のある方はぜひ書籍をおよみください。
  ⇒ホメオパシーブックス

*~*~*創造物としての病気*~*~*

サミュエル・ハーネマンは、病気を『人間に命を吹き込む動的な力』または『スピリチュアルな力』の混乱であるという結論に至っていた。
 ※『人間に命を吹き込む動的な力』または『スピリチュアルな力』を、ホメオパシーではバイタルフォースと呼ぶ
ホメオパシーでは、病気の根本は、エネルギー的なレベルまたは霊的レベルであるとみている。
以下にいろんな立場から見た病気について書かれているが、それぞれ一長一短がある。さまざまな角度からみたほうがそれぞれを補い合えるだろう。

★消耗のプロセスとしての病気
私たちが普通に考える病気のとらえ方。人間はまるで機械のように消耗するというもの。
年をとり、弱くなり、最後は死ぬ。

★脅威としての病気
病気を常に恐れる。アロパシー的見方。
病気は悪いもので、外からやってくる脅威。バクテリアやウィルスと戦わなくてはならない。
やるかやられるかで、ユングのいうシャドウ(影)と結び付けることができる。
人間の精神面におけるネガティブな部分、つまりシャドウ(影)を押しやり、無意識のものにしようとする傾向がある。
この無意識に押し込められたネガティブな部分は、外界に投影され自分の内面には無くなったように見える。
病気も同じで、自分から遠くに離しておかなくてはならないが、自分の一部でもある。
病気を脅威とする見方は、外からくるすべてのネガティブな影響に対して、自己防衛しなくてはならないというもの。
※私は最近の私たちの病気や人間関係の主流のとらえ方のように思います。

★原初の状態としての病気
ハーネマンは病気を「存在の状態」「生きて存在する方法」と呼んでいる。
インドのホメオパスのサンカランはその「存在の状態」を「原初の状態」に結び付けている。
環境の状態にうまく対応して生き延びるための反応。環境による原因という見方。
でも環境がかわり状態が変わってもそのまま反応だけが残ると、有用な反応が無益になりエネルギーの消耗になる。
ホメオパシーでは、病気の根本的な原因は非常に重要だし、病気が生じる状態は、患者を理解するために非常に大切だ。
この本の症例と同じようなケースがある。両親が激しい喧嘩をした翌日に5歳の子供のアトピー、特に耳のあたりが悪化する。そして、喧嘩はうやむやになり、今まで離婚までの話し合いに至らずにすんでいる。

★才能や戦略としての病気
病気におけるプラス面の見方。
最善を尽くすために、ある状況において優れた働きをする戦略ともいえる。
この反応パターンは状況を巧みに処理する可能性、才能、能力であるが、問題は、自分にとって「害になる」ということ。
※方法さえ身につければ、状態を完全させる力があるんだって、病気の方と対面するたびに思う。ただ本人が自分で状況を変え、良くことができることを信じていないことが多い。

★錯覚としての病気
サンカランが「主要な妄想」を呼んでいるように、病気を錯覚としてみること。
どの病気にも主要テーマがあり、患者はそれを間違って認識している。つまり主要な妄想があるということ。
原初の状態としての病気の概念は、妄想の概念と結び付いている。
つまり、原初の状態…たとえば怖い体験とかが無くなっても、それがトラウマとなり、思い起こさせるようなことが起きると、同じような状態になるのではないか…という妄想を持ち、怖い体験がまるであるように反応する。
また人生哲学の中にもある。妄想はたとえば「だれも私を愛していない」という確信に置き換えることができる。
「いつも」「決して」「みんなが」などの言葉は、妄想で話していることを示している。
人々の基準や価値観は、その人の問題を表している。
ハワイに古くからある、病気へのとらえ方。
ヒーリング系、スピリチュアル系に多いとらえ方。

★誘惑としての病気
病気を中毒・依存としてみるとらえ方。
病気の状態を手放すと、どうしたらいいのか、なにをしたらいいのか、ということが問題になる。
また長く病気の状態だと、病気じゃない自分が想像できない。自分とは何者か?ということと向き合うことになる。
そうすると、不適切なパターンを維持する傾向になる。
病気でいることの利点が挙げられる。
ゴールが見えてくると、病気が治るのが怖い…と思うようになる。
でもそのままでいると、利益より損失のほうが大きいだろう。

★防護としての病気
病気が危険や恐怖を寄せ付けない、防護にもなる。
その場合、病気が改善すると、その下に隠されていた問題が突然表に出てくるので、悪くなったように見えることもある。
確かに私の出会ったケースで、子供が病気だったり、万引きや不登校などの問題行動があり、夫婦が子供の問題に向けて協力しあうが、子供のことがなければ夫婦の信頼関係はないというご夫婦もある。子供なりに、家族を守っているのかもしれない。

★シンボルとしての病気
症状は心理的な問題の象徴的な表れとしてみる。
頭が痛い問題、首が回らないなどの比喩表現に見られる。

★文化的な現象としての病気
どの文化にも基準と価値観がある。そこから偏りすぎると、幻想や妄想になることがある。
例えは、人前で泣かないという文化により、悲しみを内在してしまうパターンは文化的病気とする見方。

★神話やおとぎ話としての病気
ある人の問題がその人独特ではなく、多くの人にみることができる。
どこでその人が妨げられているかわかれば、そのドアを開ける神話的な鍵を見つけることができることが可能。
※神話的というのは、象徴的ということ。
自分が問題を解決することは、多く同じ問題を抱えている人を解決することになる。
自分が抱えている問題を解決し、その方法を話したり、教えたりことで可能。
いろんな自助グループやワークショップが良い例。

★創造物または目標としての病気
スピリトソマティックという言葉でも呼べる。
人間は自分のなかにある状態を作り出し、適切な状態を探す。
だから環境が病気の原因ではなく、人間がその病気の原因であり環境を作った。
自分の病気や状態に責任があるという見方。
病気をつくる能力の中に、解決法を見つける能力もある。
人間は変える力、古い問題を手放す力、新しい可能性をつくる力を持っている。
病気は創造物なので、善し悪しという見方はあてはめることができない。
しかしこの考えは、多くの人に罪悪感を感じさせ、なかなか受けれることができない。
人間は経験するために創造する。「病気は完璧への道」とい表現した人もいる。

以上です。
ジャン・ショートンは講義を受けた時から大好きでしたが、この本を改めて読んでみて本当に素晴らしいと思いました。
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くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
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