発達障害について…その2

一般的に幼いことが受け入れられる、という事の一つの例は『かわいい』だろう。
かわいく自己表現するのは、別に異論はないが、中身までかわいいままだと、本人自身がメンタル的に辛くなる。

幼い子供は保護してくれる人を必ず必要とする。
大人で中身までかわいいということは、弱い部分がある、つまり打たれ弱くなるということだ。
大人になっても幼いままだと、保護してもらうために気に入られなければならなかったりする。
だから、好きなようには生きられない。自分のやりたいこと、言いたいことを我慢しなければならない。
また、見捨てられたり、ほっとかれることに対して、敏感に反応し、不安になったり、いちいち怒ったりする。
なのでどうしても情緒不安定になりやすい。というか、まわりの人に感情を振り回されて、自分で情緒を安定させることができない。一度感情が乱れると、誰かの助けなしに浮上するとができない。
まったく不便だし、不自由極まりない生き方だと思うし、それが一生続くとと思うと、常にだれかがいなければならないので、不安で仕方がないと思うのだが…。
そのような生き方が好まれる世の中というのは…、平和で幸せな証しとも言えるのかもしれない。

さて、少々脱線してしまったが、先天的な場合いろんなケースがある。
まだよくわかっていない部分もあるようだが、脳の機能の一部になんらかの問題がある場合もあるようだ。
また、生後の視力に関係することもあるようだ。

生後しばらくは、赤ちゃんは極度の近眼でまわりのものがはっきりみえない。
そのことが他の人とお母さんと判別するために大切になってくる。
ぼんやりとしか見えないと、どこに焦点を合わせようとするかというと、顔のパーツでも一番大きな割合のある、『目』に焦点を合わせようとする。目の形や表情にの変化に敏感になり、他の人とお母さんとの区別がついたり、目の表情から読み取ろうとしたりするような学習法が身についてくる。はっきり見えるようになっても、目を中心として全体をみるので、人の表情から心情をもみとるような、つまり「空気を読む」学習をしていく。

しかし赤ちゃんの中には、はじめからはっきりと見える子もいる。
その場合、顔の中でも、一番動きのある、『口』にどうしても視線が行ってしまう。
そうすると、先ほどの近視のあかちゃんと違う学習法が身につく。
目をみて話す習慣ができないので、口調や文字通りの理解から学ぼうとする。つまり「空気を読む」ことができなくなる。
みんなと学習法が違うので、他の子と違う発想になってくるし、とらえ方も、見え方も違うので、他の子がわかることが理解できないし、自分が行っていることを理解してもらうのが困難になる。
また、口元みる習慣がつき、全体を見れないので、人を個性的な違う人間だと認識することが難しい。どこをみて区別したらいいかわからないかもしれない。結果として、コミュニケーションがとりにくい子になっていく。

つまり、生まれたときに高い能力を持っているために、経験したことを学習するときの学習法が違くなってしまうために、他の子と違う発達をしていく…という形での発達障害もある。

それから、先天的ではないけどそう見えてしまう発達障害的なこともあるようです。

続く
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くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
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