発達障害だけの問題ではない

赤ちゃんの視力によって、学習方法が違くなり、その後の学習法が違くなる、その結果同じことを経験しても、その理解や見え方が変わってくることを、前回までに書いた。

生まれつき目が見えなかったり、耳が聞こえなかったりしても、世の中に対する感じ方は違うだろう。
まるでまったく違う世界のようだ。
同じ空間にいても、パラレルワールドのようにまったく感じ方が違う。

では、健常者として生きている人たちは、どうなのでしょうか?
同じ経験をしたら、同じように感じるし、話せば必ず共感しあえるものなのでしょうか?
私は、それは幻影に過ぎないのではないかと考えています。

どちらかに障害があり、あきらかに感じ方が違うとわかっていたら、そのなりの気を使ったり、説明をしたり、わかりあう努力に力を入れることもする。
習慣のまったく違う、外国人に対してもそうだろう。

はっきりとわかる程の違いがないと、同じように感じているだろうと期待したり、言わなくてもわかっているような気になったり、それくらい、わかるだろうと勘違いしたりしてしまうものだ。

実は私たちは、一人一人独特の学習法を持っているし、理解の仕方も受け止め方も違うし、どう感じているかはもう、全く人によって違うのだ…ということをけっこう見過ごしがちである。
私たちは、同じところにいながら、一人一人がそれぞれのパラレルワールドに住んでいる。
誤解と、期待感からくる思い込みで、わかりあっているという幻想の中にいる。
私たちは、思っている以上に主観的にみている。
そして自分で作った想像で自分を辛くしている。
私たちのコミュニケーションは自分が思っている以上に成り立っていないかもしれない。

ということは、発達障害の子から学ぶことは多い。また、さまざまな障害を持つ方から学ぶことは多い。お互いが理解しようとすることは、自分自身をより深く理解することにもなるし、自分を生きやすくするし、コミュニケーションを学ぶことにもつながるのではないかと思う。

私は、弱者を助けるという考え方が好きではない。弱者も強者もなく、違いがあるだけだと思う。
人は違いがあると恐れを感じる。だから自分を強く見せたがる。もしくは、過剰に面倒をみようとする。
実は私もそうだ。だから気をつけなければいけないのだが、過剰に親切にしようとする傾向がある。

そういうことではなく、それぞれが自分のステージで学びあいながら精一杯生ききる努力をすることが大切なのだと思う。
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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
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