言うは易く行うは難し

私の祖父は疾うの昔に他界したが、なかなかインパクトのある人だった。
なので、いろんなエピソードがある。
大正生まれで昔にしては身長も高く、スポーツ万能で、若い時の写真を見るとかっこいい。
親にきくとずいぶんとおしゃれだったらしい。
親との確執があり、家を飛び出し志を持って上京し、今の東京農大を、理解のあるすし屋に下宿して苦学したらしい。
東京では、テニスやら弓道やら、いろいろやっていて、喫茶店なんかも出入りしていたハイカラな祖父。
一時は、農林水産省で研究員として勤めていたこともあるようだ。
戦争などいろいろあって親元に帰り、地元で農業指導をしながら、生活費を削って貧しい農民の生活を支えていた人望ある祖父。

なかなか波乱万丈な人生を送っていた祖父だが、私が知っている祖父はもう引退したあと。
そんな華々しい青春時代があったことなど微塵も感じない地味な、私にとっては口うるさい、昔の自慢話ばかりするめんどくさいおじいちゃんでしかない。
毎日几帳面に同じ時間に、同じコースを散歩をしたり。
特別扱いが好きで、コツコツ小づかいを貯めてまとまった金額になると、銀行の窓口に預けに行っては、銀行の応接室でお茶を出してもらい話しを聞いてもらうのを楽しみにしていたり。
人から「ありがとう」と言われたり、頭を下げられるのが大好きだったり。
うんざりするくらい、毎日同じ話をするくらい話し好きだったり。
そして、ことわざを使っては、いろいろとためになる話をしてくれるが、ちょっとでも真剣に聞いていないと怒るし、説教が長くくどいので、近くにすむ娘たちも嫌がっていて、祖父が来いと言ってもなんだかんだ用事があると言っては来ない。
だいたい子供の私が聞き役になっていた。
「人の話はちゃんと座って聞きなさい」
と言われるので、背筋をのばして正座をしてなくてはならないので、子供にとってはなかなか辛い時間だった。

その中でよく言っていたのが、
「実るほど頭の下がる稲穂かな。」
という言葉。
「いいか、偉くなったからと言って偉そうにしていてはだめだぞ。偉そうにしていると尊敬されないぞ」

しかし、代々村長をしていた家系の祖父が、人に頭を下げている姿を見たことがない。
特に家族には、自分が悪くても絶対に謝らなかったし、それどころか逆切れして相手の非を責めていたので、仕事や外では尊敬されていたようだが、家族には尊敬されなかった。

それから
「感謝は大切だぞ。」
といっていたが、「ありがとう」という言葉を祖父の口から聞いたことは無い。
おかげで祖母はいつもそのことでイライラしていた。

私が大学進学で東京に行くと決まった時は、自分の苦学の話をし、
「若い時の苦労は買ってでもしろ」
「可愛い子には旅をさせろ」
と、帰省のたびに言っていたが、自分の子供である私の母や、叔母たちが、東京に出たいと言ったときは、祖父が猛反対したので泣く泣く諦めたと、きいている。母はそのことはかなり後まで引きずっていて、「もしも東京に行っていたら」と何度も話していた。

頭でわかっていると、人の行動はよく見えるので、人の出来ていないところに目が行くが、我が身となるとなかなか気が付けないものだ。特に当時としては高学歴だった祖父は、プライドが高く、人から指摘されてもまったく認めようとしなかった。自分が悪いとは全く認めようとしなかった。そのことで、家族ともそうだが、仕事でもけっこう苦労したようだ。左遷させられても仕方がなかったのではないかと思う。叔母たちは「上司に頭を下げお願いすれば、左遷は免れていた」と何度も言っていたから。

まぁ、人の悪口や批判ばかりしていて、周りの人をうんざりさせる人も
「人のことを悪く言ってはだめだよね」
と平気で言ったりする。

そう言っている私も、仕事で人には偉そうなに説教するが、同じことをやっていることに気が付くこともあるし、自分では気が付かずに子供に指摘されることもある。
そのくらい、頭でわかっていることを実際に行動に落とし込むのは、なかなか至難の業であるということであろう。
少なくとも、人の出来ていないところを言ってばかりいると
「自分のことを棚に上げて、人の欠点ばかり指摘するめんどくさい人」
と思われかねないので、気をつけようと思う。

人の顔についたご飯粒は良く見えるが、自分の顔についたご飯粒はみることができないものだから…。
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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
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