「理性」と「情動」の絶妙なバランス「感動」 その2

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感動というのは、情動の動きだけでなく、ある種の学習があって初めて感じる感情の動きだそうです。
食レポの上手な人のコメントを思い出していただけるとわかりやすいかもしれません。
ただ「おいしい」を連発しても、そのおいしさは伝わりません。
言葉で豊かに表現するということが必要で、理性、思考があってはじめて感動が生まれます。

絵画も音楽もそうですが、構図や構成、そしてある程度の技術的な知識があると、その繊細さ、素晴らしさが、ひしひしと伝わり感動を生みます。そこに、作家に対する情報があると、苦しみながらその作品が生まれた…という理解があり、さらに感慨深く感動する…ということはよくあることです。
そして、その感動を人に伝えるときは、その溢れるような感情をそのままのテンションで表現するより、ぐっと理性で抑えて表現した方がよりその人の感動が伝わることもあるでしょう。
そのままのテンションで話しても、「なんか興奮して話しているな…なにを話しているか良く分からないけど、楽しそうだからいいか」みたいな感じになってしまうことが多いです。
それより、しみじみとかみしめるように表現したほうが、伝わりやすいことが多いのではないでしょうか?

ということで感動は情動と理性がバランスよくあって初めて成り立ちます。
情動のままに生きていると、あとあとトラブルになったり、関係が壊れてしまったり、人を傷つけたりします。
例えば、怒りをそのまま表現している人をよく、「自分に正直に生きている人」と思うようですが、どうも、トラブルが多く、仕事も長く続かず、自分の首をしめているように見える人が多いです。
それより、怒りながらも、理性を働かせ、うまく相手に表現できたら、いい関係を続けながら、自分の気持ちも伝えられる…と言う方が、自分が生きやすいですし、相手も楽に話せるのではないでしょうか?

私は、情動に振り回される生き方より、どちらかと言えば感動できる生き方をしたいな…と思います。
そして、年齢を重ねるごとに、感動の人生もいいけど、もっとしみじみとした生き方がいいように感じるようになりました、
感動は人を動かす力を持っていはいますが、なんかまだちょっと青いように思うのです。
若いうちはいいのですが、年とともに「円熟」という言葉が似合う人がいいな…と思うようになってきました。

------『「円熟」とは、人としての成長』へ続く
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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
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