「人として、この世に生れてきた意味」ってなんだろう?

今年もあと数時間となりました。連載で書いていたネタも一旦決着をつけたいとおもいます。

私は小学校の頃、色んなことにうまく馴染めずに、一時期は死ぬことばかり考えていました。
どうやって死のうかと考えているうちに、「これは苦しいな」とか「これは痛いな」とか怖くなってやめてしまいましたが…。
そしていつしか、人はなんで生まれてきたんだろう…とか、どうして生きていかなければならないのだろう…とか、考えるようになりました。
中学校のときでした。もし辛いと感じることが生きることに必要のない感覚であれば、もともと無いのではないか…。
ということはなにか必要なんだろうなと、思いつきました。うれしいか楽しいとか、痛いとか苦しいとか
もしかしたら、死んだら感じられないんじゃない?生きているうちしかない感覚なんじゃない?
苦しいことは悪いことじゃないけど、嫌だなって思いました。
大人たちをみても、生きるって辛いことの方が多いようにみえる…。
じゃななんで、みんな頑張って生きているんだろう?

子供だった私からすると不思議でした。
そして思いついたことは…
きっと、大人になると子供にわからない、楽しいことがあるに違いない。
大人にしかわからない楽しみあるんだ…ということでした。
そして、どんなに辛くても、大人になるまで絶対に死なないって自分に誓いました。
だから子供が出来てからは、楽しく生きること、自分が楽しむことを心掛けました。

私の親族は優秀な人たちばかりでしたが、環境的に小さい時いろんな方と接することができました。
トラブルばかり起こしていたご近所の方は、今だったら発達障害と診断されていただろうと思います。
昔ながらの長屋で貸し屋をやっていた祖父母の元で小さい頃すごしていたのですが、訳あり賃貸借にもずいぶん可愛がってもらいました。
チンピラでどこも部屋を貸してもらえない年配者、元夫がひどいDVで逃げてきて子供と一緒に隠れるように暮らしていたシングルマザー、その筋の方の二号さんの親子…。
困っているとほっておけない祖父母はよく面倒をみていたので、そういった訳ありの方々に頼りにされていました。

普通の社会で煙たがられるそれらの人たちも、個人的には良い人なのに、一方ではとても恐い顔ももっているのも、弱い顔をもっているのも小さい頃から、感覚でわかっていました。
クリスチャン系高校に通っていたのですが、委員会で特別養護老人ホームに月1回行っては、寝たきりの御老人と話しをします。私はしぶしぶ行っていたのですが、ほんとうに喜んでくれて、時間がきて帰る時など握手した手を離してくれません。そんな気持ちを受け止めきれず、心が痛み辛かったです。次の月に行った時は、亡くなっていたりしていました。

私に生きることはどういうことなのかを教えてくれたのは、優秀な親戚たちではなく、それらの社会からドロップアウトした人たちでした。
寝たきりでも、人から疎まれても、人を騙したり泣かせたりしている人も、みんな真剣に生きていました。

何のために生まれてきたのか?なんで生きていくのか?
仕事を通して考え続けていますが、いまだ明確な答えがでたとはいえません。
今思うことは、不完全だから人間なのだ。誰でも得意不得意があってあたりまえ。
それでいいと開き直ることもできる。
でも、辛いのわかっていてわざわざ人として生まれてきたのには意味があるに違いない。
それは、出来ないことを少しずつでもできるように努力すること。この努力は、もしかして生きているうちしかできないのではないか。

いろん環境、いろんな状況で生まれてきて、一見不公平にみえたり、可哀想にみえたりするかもしれない 。
でも与えられたものが自分のステージ!
その中でいかに頑張れるか!
それが生まれてきた意味であり、生きていく意味ではないだろうか?
今現在の私はそう感じます

来年は今年頑張れなかったところも含め、さらに頑張っていきたいと思っています。
さてあなたは、どんな年にしたいと考えていますか?
では、良いお年をお迎えください。
来年もくるりんのブログをよろしくお願いします。
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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
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