「14歳からの哲学」から、さらに続き

さて、友情というのは友達に対する愛情だ。友情は愛情のひとつのありようだ。では、愛情というのは、誰に対する、どんなありようのことなのだろう。

もしも君が、犬や猫やハムスターや、自分のペットを飼っているのなら、彼らに対する気持ち、あれが愛情の原点だ。大事で、いとおしくて、何がどうであれ、居てくれればそれでいいと思うだろ。少々噛みつかれたり引っかかれたりしても、まぁコイツのすることならいいやって、許しちゃうだろ。つまり、彼らのすべてを丸ごと受け入れて認めること、無条件の愛情だ。愛情というのは見条件であるものなんだ。

だた、ペットの場合は、彼らの方が無条件でなついてくるから、人間の方も無条件で受け入れやすい。難しいのが、人間同士だ。人間が人間を無条件で愛するというのは、ものすごく難しい。ある意味では、人はこれを学ぶためにこの世で生きていると言えるんだ。

たぶん、君のお母さんは、私は自分の子供を無条件で愛しています。親の愛こそ無私の愛ですと言うだろう。

「無私の愛」、つまり、私にとってこんなふうに得で、こんなふうに損だという計算が一切ない愛、相手を丸ごと認めて受け入れることができるのは、そこに「自分」がないからだ。でも、もし、親が子供を自分の子供だから愛するというのなら、親が愛しているのは、ひょっとしたら、その子供そのものではなくて、自分なのかもしれないね。愛しているのは、あくまでも自分なのかもしれないね。

さっきは、自分を愛することができない人は他人を愛することができないと言った。これはそれと反対のことを言っているように聞こえるかもしれないけど、そうじゃない。もしその人が本当に自分を愛しているのなら、他人に自分を愛させようとすることはないはずだ。そんなことをしなくても、自分で自分を愛しているからだ。でも、君のお母さんは、「お母さんの言うことをききなさい」っておこるだろ。言うことをきかない子供を、丸ごと認めて受け入れることができないのなら、本当に愛することはできないのかもしれないね。むろん、君のことを本当に愛しているからこそ叱ることがほとんどだろう。それがどっちなのかは、たぶん、お母さん自身よりも君の方がわかっているんじゃないかな。

まぁ、こんなふうに、自分の子供ですら本当に愛するということはとても難しい。ましてや、嫌いな人、イヤな人、見も知らない人を、君が君のペットを愛するように愛することができるようになるには、どんなに大変なことだろう。

どうして自分の好きな人だけを愛しちゃいけないんですか、どうして嫌いな人まで愛さなくちゃいけないんですかって、すごく素朴な疑問だよね。

≫ 続く




生き方コンシェルジュ くるりんからの提案
魂の求める生き方
   結果を求めるだけの生き方は、もうしない

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日時 2月19日(日) 10時~11時半
場所 東京都東大和市南街6-11-2 くるりん
参加費 2000円



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日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
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