わたしの読書法…その1

ブログで、移転しますって書いたら、「もう、どこか決まったのですか?」と聞かれました。
ごめんなさい。移転するつもり…だけで、なにも決まっていません。
探してはいるけど、1か月先なのか、1年たっても、まだこのままいるのか…。
全くめどがついていないのです。

私の場合、なにごともそうなのだけど、「結果発表」ではなく、「決意発表」なんですよね。
で「○○したいと思う」などどあまっちょろいことを言っていても、上手くいかないって現実も知っている。
できればやりたい…などと言っているうちは、できないのだ!
なので、「○○します」と宣言してしまうんです。
そうでもしないと、わたしのやりたくない意識はとても強情なので、うだうだと下準備ばかりずっとやっていて、動かないのです。
周りに宣言し、お尻を決め、自分にプレッシャーをかけることで、なんとかつじつまを合わせてきました。
はじめは無理だと思うことも、まわりから、絶対無理と相手にされないことも、自分の努力でなんとかなることであれば。不思議とできてしまうのです。
始め宣言したときは、あーだこーあだと皆さんに注目されます。
それもやらないとまずい…というモチベーションになりますが、それが長引くと、すっかり忘れられてしまいます。
それでも自分は忘れずに、ずっとコツコツとやり続けていけば、なんとかなってしまうのです。
大切なのは、自分の気持ち。
アニメや漫画でおなじみの「ワンピース」のセリフ『俺は海賊王になる!』っていうあの感じです。
天涯孤独のどちらかというと弱虫な子供の宣言が、いつかほんとうに賞金首をかけられるほどの、大物海賊になっていきます。




そうルフィーのように宣言して、そして行動するのです。

海賊王になったときに役に立つ思えば、なんでもうやってみる…という心意気。
未来の自分を信じるということの強さ。
そんな生き方をルフィーから学びました。

続く

禅の中にある、自分を大切にする生き方

くるりんは今年、移転を考えています。
昨年から、いろいろ考えを巡らせながら、次の住まいをさがしています。
どこに住まうのか…を考えることは、「さてこれから私は、どう生きたいのかな?」ということと向き合うことにもなる…ということが少しずつわかってきました。

どう仕事をしていきたいのか?
どんな服を着ていきたいのか?
どんな風に暮らしていきたいのか?
どんな人と、どんな関係を築いていきたいのか?

いろんな間取りと向き合ううちに、少しずつ自分が見えてくる感じです。

そんなときに、ある映画を観ました。
安泰時という禅寺を舞台にした映画『Zen for nothing』
外国人の住職、外国人の映画監督、外国人の女優さん…
だからこそ際立つ日本人らしさ…。

映画では「フレーム(枠)」という表現をしていまいたが、日本の文化では、「型にはめる」ということが、とても大切です。
この「型にはめる」というのは、「善い悪い」という考え方になれた文化では、押しつけらるような自分というのを奪い取られるような恐怖を感じるのではないかと思います。

もともとある日本の子育て感は、子供は植物のように育てる…というのがあるそうです。
手をかけなくても、手をかけすぎても、痛んでしまう。
ほどほどの加減…。
いい加減…。
いい塩梅…。

植物本来がもつ良さを引き出すために、手をかける…。
それは、大人から考えた良いものを与える、良いことをさせる、良い方向に向かわせる…ということとは全く異なります。
そこに、見守る、信頼する、そのために必要なお世話をする…ということがベースになると思います。

安泰時にあるもの…。
本当にあった、今ではほとんど失われた、そんな日本がそこにあるように感じました。
自給自足で生きようと思ったときに、矛盾するようだけど、人と力を合わせていかないと生きていけない事をしると思います。
人との良い関係を手間暇かけて築いていく、人と呼吸を合わせる、人との違いを認め合い、そのために律する…。
人は一人では生きていけない、人は様々な環境との関係の中でしか生きていくことはできないということを思い出します。

便利な文明社会の中では、孤立していきることが可能です。
パソコンでネットとつながっていれば、生活のすべてを1人で賄うことができます。
上手くいかなければ、文句を言えばいいのです。
クレーマーとなって、人に嫌われても、生きていけます。
しかし、雪深いところでの自給自足はそうはいきません。
本当の社会性というものが必要になると思います。
大自然の中にあっては、自分が人に認められるための社会性もどきなど、あっという間に化けの皮が剥がれてしまうと思います。

くるりんでは、「どう生きるか」を模索している方へのレッスンを行っています。
自分の生きる方向性を見つけるお手伝いをしています。
優しく慰めて欲しいだけで、自分を変えるのではなく、まわりの人に変わって欲ししとか、自分の人生を生きる気が無い方にとっては、少し厳しく感じるかもしれません。
どう生きるかは、それぞれなので、別に自分を変えようとしなくてもいいのですが、どうしても私が最善を尽くそうとしすぎて、本気になり過ぎてしまうことが多いようなのです。
いわゆる、「余計なお世話」ですね。
その辺は、私も至らぬところなので、変えていきたいところですが、まだまだ修行がたりません。
その辺は、多めにみていただければと思います。

しかし、自分を変えることに躊躇の無い方にとっては、とてもお役にたてると思います。

8日に長野県岡谷市で行われるセミナー「霊性とプラーナとインナーチャイルド」は、そんなニュアンスをお伝えできれば…と考えています。

★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

8日(月) 16:30~18:00
長野県岡谷市セミナー
霊性とプラーナとインナーチャイルド
参加費 1000円

初めての内容です。
いろんな事例を紹介しながら、神様からみた、健全で幸せに生きるコツ…のようなことをお話しできればと思います。

お問合せ&お申込み
⇒くるりん事務局



年末、断捨離からの、禅

大掃除の季節です。
荷物を減らして、棚も減らして、リビングをスッキリさせたいと、片付けだしましたが…
片付けようとすると、いろんなものを見つけてしまいます。
以前書いたメモ、ずいぶん前にいただいた名刺、旅行先でもらってきたパンフレット…
つい手が止まって、読み耽ってしまいます。

そんなとき、昨日来た方から、良いことを聞きました。
断捨離ノートなるものを書いてから、やったら、スムーズにいったということです。
なにをどう進めるか、どこに収めるかをノートに書いて、それを見ながら進めるというのです。
手が止まりそうなものも、とりあえずノートに書いてある所定の場所に入れて、今すべきことに集中すると、手が止まらないということでした。

それって、脳科学的にもいいと思うのです。
意志力は、現状を客観的にみて、大切なことを思い出す、そして今やるべきことに集中する…ということの繰り返しだそうです。
まさにマインドフルネス。
マインドフルネスは、禅から来ている手法ですが、禅は「今・ここ・自分」に集中すること。
また、断捨離も禅から来ています。
禅というと坐禅を思い浮かべると思いますが、禅の基本は、身支度を整えることだそうです。
まず、自分の身の回りを整理すことが基本中の基本で、坐禅は修行の1つの形なのだそうです。

修行はなにをしているかというと、「今・ここ・自分」に集中することに尽きるかもしれません。
余計な考えをせず、ただいまやるべきことを淡々と行うこと。
歩くなら歩く、坐るなら坐る…
でも考えは浮かんできます。

坐禅を組んでいるときも、考えが浮かぶのは、それは自然に浮かんでくるのでいいのだそうです。
浮かんだ考えをただ放置すると、思考が巡り、いつの間にかその考えに支配されてしまいます。
なので、浮かんだ考えをまず認めること、意識することが大切だそうです。
そして、「あぁ、私はこんな考えをいましているな」と思う、その次に、「でも今は、考えるときではないな」と思い、呼吸に意識を集中させていく…ということで、考えに囚われないようにしていきます。

例えば、試験勉強をしなくちゃいけない…と思うと、つい、違うことをやりだすこともあると思います。
スマホをみて時間が無駄に過ぎてしまったり、テレビに見入ってしまったり…
それは、考えに支配された状態と同じです。
他のことをしたくなったら、行動を起こす前にまず、深呼吸をして
「自分は今、スマホをみたいと思っている」
とちゃんと認識します。
そして
「今、何をするんだったっけ?あぁ、試験勉強をしようとしていたんだ」
と、今やることを思い出し、やるべきことをやります。

ここでのポイントは、思うことと行動が違うということだと思うのです。
思う⇒そのまますぐ行動…というのは、衝動に支配された生き方だと思うのです。
やりたいことがちっとも進みません。ほんとうにやりたいことが出来ず、流された生き方になっていくと思うのです。

やりたいことをやり遂げるためには、今、なにをすることが大切なのかを、思い出す力が必要になってくると思います。
なので、今までの思ったら行動するという、生き方の癖を変えていくことが大切なのだそうです。

思う⇒すぐ行動…という癖を変えるために、一旦深呼吸します。

思う⇒深呼吸⇒今なにをすることが大切なのかを考える

という、習慣に変えていきます。

脳科学からいうと、「これができたら、ご褒美に○○を食べよう」とか「○○しよう」という、自分にご褒美を出すことは、なにかを習慣化させるときは、逆効果になる場合があるそうです。
また、うまくいかないとき、気晴らしをするのも、3日坊主になる可能性が高いそうです。
まじめなタイプで、自分を責めるタイプの人ほど、いい習慣が続かないそうです。

ではさてどうするか…
くるりんの勉強会では、そういったことを一緒に学んでいます。

あと、おすすめの映画がお正月に上映されます。お近くの方はぜひ!

  映画『zen for Nothing』〜何でもない禅〜

   


『駄々をこねる』をやってきていない、いい子

人が赤ちゃんから大人へと成長する過程で、獲得できなかったことはどうするのか?
親が与えてくれなかったものは、もう無いものとして生きていくしかないのか…?

実はそこに、あなたの生き方が現れると思うのです。
そして、そこに生きる意味もあるのではないのかと…。

全てを与えられるのが素晴らしい人生で、与えられないからみじめな人生…
もしそうだとしたら、生まれた段階でその人の幸せは決まってしまったも同然でしょう。
そう頑なに信じている人も多いです。
でも、果たしてそうなのでしょうか?

前回書いた通り、成長する順序、学んで身に付くまでの順序というのは、変わりません。
順番にやっていかないと、一足飛びに出来るようにはならないのです。

親から与えられなかったものは、どこかでとどまっているということです。
なので、その時点に戻って、一つ一つやり切らなければなりません。
自分の本当の気持ちに気が付くために』というブログでも書いたのですが、くるりんにいらっしゃっている方は、まじめな方が多いです。いい子をやってきたというか、やらざるを得なかったというか…。
なので、泣きわめいたり、駄々をこねることが苦手です。
この段階から、子供をできずに大きくなったのです。
それは、やり切ることが大切です。
もちろん、子供そのままやったら、社会生活が成り立たないかもしれません。
人によって、できる状況は変わってきます。

『駄々をこねる』のをやってこなかった人は、人の期待や、お願いに対して、断るということができません。
お付き合いで高額なものを買ったり、有料会員になって高額な会員になったり、はたまた新興宗教も複数に加入していたり…
つまり、いい鴨になります。
へたしたら、詐欺や事件にも巻き込まれかねません。

『駄々をこねる』時期は2~3歳くらいです。
『駄々をこねる』と、親によっては、困らせる子とか、手のかかる子と、思われます。
でも、駄々をこねている子は、親を困らせたり、嫌がらせたりしたいのではありません。
では、どうして駄々をこねるのでしょう?_
誰でも小さい時はあったのですが、その時の気持ちは忘れてしまっていますよね。

やって欲しいという要求でしょうか?
親をメイドや女中のように使って、思い通りにして欲しいのでしょうか?

違うのではないかと思います。
親に対する甘え方の一つだと思います。
親に大切にして欲しいのです。
優しくして欲しいのです。

また、人の成長としては、人はどこまで忍耐があるのか…という学びでもあるかもしれません。
そして、理想は、「どんなに親を困らせても、親は、あなたを愛してくれているんだよ」ということを学ぶことができれば、この時期のミッションが達成できるのだと思います。
この時期のミッションは、『親を信頼する=人を信頼する』『自分は愛されている存在なのだという実感=自己肯定感』の獲得ではないでしょうか?
人に対して、自分の思ったことを伝えてもいいし、人から言われたことを断ったり、感じていることを伝えてもいいのだ…
つまりコミュニケーションの初期の学びの時期ではないでしょうか?
また、胎教や出産を通して、本来獲得する、「母親との信頼関係」が、うまくできなかったとしても、2~3歳の手のかかる時期に獲得しなおすことができる仕組みになっているように感じます。

しかし私もそうだったのですが、子供のエネルギーはすさまじく、親に忍耐が少ないと、親がキレてしまいます。
なので子供が我慢をする…ということになります。
そして、聞き分けのいい子、素直ないい子、手のかからない子、が出来上がるのです。
10歳前後のプチ反抗期は、この部分の獲得をし直す時期であり、確認の時期でもあるかもしれません。
また、子供の自立の時期に向け、親の子離れの準備段階とも言えます。

もし、あなたが子供の親で、反抗期の子供にてこずっていると感じるのであれば、必ず、駄々をこねることを我慢してきたのだと思います。

さぁ、ここをやりきるのは、いい子ちゃんにはなかなかな難しいです。
まずは、こちらの本をお読みください。
私は、けっこう納得しました。

  

納得したら、いかに日常に落とし込めることができるか…ですが、長年染み付いた習慣を変えるのは、なかなか難しいです。
しかし、やるだけの価値はあると思います。
自分が人とのコミュニケーションや、人との距離感がわからないと悩んでいる人は、この時期のつまづきが大きく影響しているように感じること多いです。

喉元過ぎれば熱さを忘れる

今月に入り、なるべく毎日アップしようと頑張っています。
しかし、なかなかネタが…
集中力が続かない…
ということで、昔の記事を引用しようという手段に出ています。
自然と過去記事を読むのですが…。

あぁ、こんなことあって、あんなこと思っていたな~。
取り合えず、こちらの記事をよんでみてください。

⇒『努力』について

2013年の記事なんですが、すっかり忘れていました。
最近は、大きなけがをすることも無く、平穏無事なことも多くなってきて…、結果として、なんでも当たり前になってしまってました。
チャレンジできることは、頑張れることは、ありがたいことなのだ!
心からの感謝をし続けるって、結構難しいな~。
形だけなら、いくらでもできるけど、心の奥底で、不平不満があったり、大変だな~って面倒に思ったり…。

なかなか至りません。
まぁ、それが私の伸びしろ…って、ネタが古いですね。
とりあえず、明日がんばろ。


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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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