7月の予定

最近、すっかり事前に予定を告知することを怠っていた、くるりんです。
今回はちょっとがんばってみました。

7月1日(土) 9:30~12:30
DVD上映「サポートするためのプラーナ10回講座 5回目」
要望の高い講座をDVDで再現。
すでに勉強をされている方限定の上級者向け内容です。
先月は開催されず、7月に5回目を行うことにしました。
神智学からの内容で、とても分かりずらいところですが、興味を持たれる部分でもあると思います。
参加ご希望の方はお問合せください。

7月3日は、峯入り行に行ってきますので、くるりんはお休みとなります。


7月8日(土)~9日(日) 
長野県岡谷市出張&久保寺坐禅会に参加

7月13日(木) 10:30~14:30
 コミュニケーションってなんだ?in岡谷市 3回目
 3回講座の最終回です。
 「共感的コミュニケーション」を教材に進めていきます。
 参加費 7,000(昼食付)
 参加ご希望の方は、下記事務局へお申込みください。

7月23日(日)~26日(水)は、神事、峯入り等で、くるりんはお休みとなります。

このほかに、東大和クラスでは、「コミュニケーションってなんだ?」に続く勉強会を検討しています。
詳細は、別にアップしますが、日程は、日曜クラスは7月16日、平日クラスは、18日(火)になります。
人とのコミュニケーションの前に、自分とのコミュニケーションが大切なんだと認識しましたが、それに役立つ、心理学とそれにプラーナについての捕捉を入れての内容にしたいと思います。
表題など、考え中です。
なお、私は、心理学も素人なので、また参加者の皆さんと一緒に考察できたらいいなぁと考えています。
なので、少人数制で行っていきます。
しっかり話せて、いろんな意見を聞いて、がっつり学べて身に付いていきます。

参加申し込み&詳細お問合せ
くるりん 事務局

生き方を変えるということが、いかに大変か

火曜クラス3回目終了しました。
今回の教材は「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」でした。
一番難しい内容で、結局半分くらいしかすすみませんでした。
決して、難しいことを書いてあるのではありません。
とてもわかりやすい言葉で、理解しやすいことを書いてあります。
しかしだからこそ、それを実行することの難しさをひしひしと感じるのです。

前々回に書いた、「生き方を変えるということが、いかに大変か」ということにも繋がりますが…。
奇跡は確かにあります!

やり方を変えることは割りとできるかもしれません。
・人のことを優先していた人が、自分のわがまま(と思い込んでいた事)を優先するようにしてみる
・自分本位のやり方から、人に合わせてみる
・イラっときたことを我慢していたことを、表現してみる
・すぐに怒りを表現していたのを、ちょっと我慢して言わないで見る
などです。

それもやってみるとわかるのですが、思ったほど簡単には行きません。
1日2日ならできるかもしれませんが、半年1年それも毎日となるとそうもいきません。

やり方を変えるだけでも大変です。生き方を変えるということは、生きる基準とか、尺度とか、方向性とか、もっと根本的な価値観を変えるということでもあります。そうそうたやすくはいかないでしょう。

今日の勉強会に参加された方は実感されたと思いますが、「自分とのコミュニケーション」がうまくいっていないということは、自分がなにを大切にして、どのような意識で生きているのか…、そこに気が付いていないということにもなります。
気が付いてもいないものを変えることはできません。
そうなると、まずは、自分を知ること、そのための自分とのコミュニケーションが大切になってきます。
どこまで行っても結局、「自分とのコミュニケーション」…というのが今日の学びでした。

自分のインナーチャイルドを知ることも、「自分とのコミュニケーション」が基本になりますし、癒すことも、「自分とのコミュニケーション」によってです。
また、どんな自分になりたいのか、どういう生き方をしたいのか、というもの、「自分とのコミュニケーション」からわかってくるのです。
自分のことは、思いのほか知らないのだな…というのが、今日の実感です。

自分という一番やっかいな相手とうまく付き合うことができるようになったら、きっとたくさんの人ともっと良い付き合いができるようになるのではないか…。そしてもっと、人との関わりが楽しく、楽になっていくように感じます。

勉強会を振り返り…日曜クラス

この前の土曜日に、「コミュニケーションってなんだ?」の日曜クラスの三回目、最終回でした。
終わった後、このような勉強会を継続してやって欲しいという受講者からのご希望があり、いい時間を過ごせたと思います。

2回目と3回目は、教材にした本を読み合わせる…ということをやってみました。
私の経験や、受講者の体験、また質問が、一人で本を読むだけとは違う発想を知ること、考えることにつながり、私も良い学びとなりました。ありがとうございました。

3クラスとも違う教材を使ったので、いろんな手法はあるけれど、結局大切な共通するポイントというのがあって、これを押さえればいいのか…というのも見えてきました。(ここで書くとネタばらしになるので…)
見えてきても、使うことの難しさは余計しみじみと感じておりますが…。

それと、人とのコミュニケーションが苦手な人、出来ないと感じている人、ストレスになる人は、共通する傾向があることも気が付きました。
それは、私も含めてなのですが…
人とのコミュニケーションで苦労している方は、「自分とのコミュニケーションがうまくいっていない」ということです。
性格的には優しいタイプの方が多いと思います(私も(^^;)が、「私はわがままだから」「人に迷惑をかけてはいけない」「人の面倒をみなければならない」などの思いこみが強い傾向があるように感じます。自分をさておいて、人のことを優先するクセが付いている長男長女の方、親に目をかけてもらえなかった中間子、いらない子とか、優秀な上の子に比べてできないダメなやつと末っ子とか、親のために生きるのだと思い込んでいる一人っ子とか…。自分の気持ちよりも、人の気持ちを考え、言われる前に希望に沿おうとする傾向のある方…。

そもそも、自分が何を伝えたいのかわからない…(もやもやしているのに)
そもそも、自分が何を感じているのかもわからない…(もやもやしているのに)

という感じで、だけど自分の考えられる範囲で相手を押し測って会話しようとして、ビクビクしたり、逆に虚勢を張ったり、警戒したりして、なんとなくうまくいかない…ということが多いように感じます。

わたしもそうです。
この勉強会で理解できたことを生かして、自分の内面へ、インナーチャイルドへの問いかけを、さらにしてみました。
そうしたら、出るは出るは…。
いままで癒されていたと思っていた部分まで、どんどん語りだしてくる…。
大人の自分まで苦しくなり、親がやったように、「はいはいわかった。そのくらいでいいでしょ」っていいたくなることも何度もありました。
蓋をしていた深い部分の傷を感じることは、痛みを伴い、とてもつらいことです。
思い出したくもない事を思い出す…。
でも、思い出さなくて蓋をしていても、そのエネルギーは消えることなく私の中にあり続ける。
傷は心の血を流し続けている…。
生まれ変わってもそれはあり続ける。
ならば今、私は、できるだけその蓋を開け続けていきたいと思うのです。
「今できることは、明日に残さない」
そのためには、生活の中の「今できるが、明日できることは、明日になってやろう」というスタンスにするようにしています。

それは、学びからの私の生き方であり、正解ではありません。ひとつの選択にすぎません。
人により違いますし、だからその人らしい生き方なのです。

今日は、これから、火曜クラスの勉強会。
さて、どんな最終回になるのか…
楽しみです。

奇跡は確かにあります!

私は、もともと自然療法家です。
自然療法をあえて選択する方は、病院の治療や薬を極端に嫌っている方が多いです。
また逆に、現在医学しか治療と認めない方もいます。
最近は、その垣根はずいぶんと和らいできているように感じてはいますが。

もしかしたらがっかりされる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は、中間的立場をとっています。
どの療法も、治療も、100%確かなことはなく、得意分野と不得意分野があり、合う人と合わない人もいると考えています。
だから、「いいとこ取り」をすればいいのではないかと。

わたしは毎年定期健診を受けています。
3年前は暴飲暴食が祟り、高血圧も肝臓の数値も、要治療のレベルでした。
こういった検査で客観的にどこが悪いかわかるのは、現在医学のもっと優れている点だと思います。
そして、私は、次の選択として、薬での治療をする前に、生活をあらためることにしました。
朝早く起きて、ウォーキングをし、周に1回の断食と休肝日を設けました。
そうしたら、2年前は、要観察まで下がり、昨年は、通常の数値に戻りました。

まだ自己治癒力が働いているうちは、このように療法に頼らずとも、生活を改善するだけも、かなり良くなることがあります。
しかし、自分の力ではどうにもならないときは、なんらかの治療が必要でしょう。
私は、専門でもあるのですが、もっとも手っ取り早い、ホメオパシーを活用することが多いです。
捻挫や腰をひねったり、怪我をして調子が悪い時は、接骨院の友人にちょっと診てもらうことありますが、ほとんどは整形外科に行きます。
虫歯は歯医者に行きます。

もっと重大な病気になった時は、すでに自己治癒力がうまく働いていない事もあります。
自然に命を任せるのも一つの選択かもしれません。
でも、なんとしても生きたい…ということの方が多いでしょう。
そういった時は、いろいろな療法を試すより、私は現在医学を選ぶでしょう。
ただでさえ弱っている体で、どんどん病状が進んでしまうことも多いからです。
それより、身体への負担が大きくとも、病原を無くすことで、次の手が打てる時間が持てるのです。
延命ということに関しては、現在医学に勝るものはないと私は思います。

そして、ホメオパシーは、強い薬や治療の副反応を和らげたり、不快感を軽減したり、補完としても優れている療法です。
また、ホメオパシーを中心とした治療で、補液や補完として薬を使い身体の負担を軽減する…ということをやっている国もあります。
だから私は、そのときの状態によって、うまく使っていくことが、一番賢いのでは…という立場をとっています。

さて、自然療法を選ぶ方の多くの方は、「奇跡の治癒」があるのでは…と期待しているように感じることがあります。
たしかに、どんな療法でも、または宗教や、サプリメントとか、体操とか…なんでもいいのですが、奇跡的に治ったという症例の1つや2つはあると思います。
それをあたかもこれが奇跡を起こした…と、大々的に触れこんでいるところと、そうでないところがあります。

奇跡的に病気が治るときの理由はいろいろありますが、大きくは2つあると思います。
1つは、病気が治った代わりに、家族がバラバラになったり、不幸なことが起きたりするケース。または、再発したり、もっと深刻な病気になるケース。その場合、身体は治っているけど、魂が傷ついていることがあります。これは、治してもらった人も、治療家や療法家も、カルマとなる可能性があります。

もう1つは、病気になったことを機会に、生き方を180度変えた場合です。この奇跡は、患者自身に起きていることなので、どんな治療であっても、教えであっても、可能な奇跡です。こういう奇跡はとても清々しく、映画のワンシーンのようです。私もそうですが、このことをわかっている治療家は、あえてそれを自分の症例として出しません。

くるりんにいらっしゃっている方は、生き方を変えるということが、いかに大変かを実感していますので、このような奇跡が、その人の努力無しには起きないことを知っているでしょう。ということは、2つ目の奇跡は、奇跡のようで奇跡ではないのかもしれません。
どちらかというと、因果応報、原因結果の法則…。

1つ目のような、天から降ってわいたような奇跡は、宝くじ当たったようなものと私は考えています。
よほど自制しないと、宝くじに当たってから、人生が狂ってしまう方も多いです。

ということで、奇跡は確かにあります。
確かにありますが、それをはじめからあてにして、いいものかどうか…。
まだ当たっているかわからない宝くじを担保に借金をするようなものです。
しかしあえて、それを選ぶのも人生。
ただし、その結果は必ず自分にかえってくる…というだけのことだけは忘れないように…。

「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」を教材に

「コミュニケーションってなんだ?」の火曜日クラスの教材は、「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」です。
アサーションとは、自己表現のひとつで、ある意味日曜クラスのコールドリーディングと真逆になります。
同じ設問から初めて、来る方によってこれだけ方向性が変わるのかと、…新鮮な驚きです。
しかし、共通することがあります。
それは自分の気持ちとの向き合い方。
自分を知ろうとしなくては、人の話を聴くことも、自分のことを表現することもできません。
こんど岡谷クラスでのテーマ、共感もそうです。
まずは、自分自身に共感できなくては、人に対して共感はできません。

アサーションでは、自分とうまく付き合うということを何度も書かれています。
自己評価の癖に気が付き、今ここのありのままの自分を受け入れ、今の自分を大切にする。
大切にするってのは、そのままでもういいのだと何もしない事や、甘やかすことではないので、なかなか難しいかも…。

自分と付き合うための第1歩として、「今・ここ」の自分の気持ちに気が付くこと…。
あれ?坐禅みたいだ…と感じました。

禅とは「今・ここ・自分」を見つめ続けること。
…今月も8日に坐禅会があるから、「今・ここ・自分」を見つめてこよう。

そこから、自分のものの考え方や見方をしること。
感情、感じ方、もの見方考え方に、良いも悪いもない…というのが正直に見つめるときのポイント。
でも、最近の傾向では、分別がありすぎて、善悪か、正解か間違っているか…ばかりに話が偏る傾向があるなって思う。
2でも3でも、割り切れないのが人の気持ちなのだ。
自分の気持ちと向き合うとき、人と深く向き合うとき、分別なかでは割り切れないものがある。
それが、禅でいう、「無分別智」。
一般的な「分別のない人」とはまた違う。
何を言っているのだろう…と思う方は、ぜひ禅寺で坐ってもらいたいな、って思います。
自宅で行う瞑想とか、マインドフルネスともまた異なります。
同じところを通るかもしれないけど、その先があるというのが、坐禅ではないかと思うのです。

あれ?話が違う方向に行ってしまいました。
まったく分別の無いことで、申し訳ない…。

ます、コミュニケーションの第1歩は、自分が何に対して、何を感じ、どう考え、どう行動するか…を自分で、ちゃんと把握するとことからではないでしょうか?
その観察というものが根底にあるというのが、コールドリーディングと、アサーションとの共通点ではないかと思うのです。
そして、行動が、聴くことが主体なのか、伝えることが主体なのか…の差で、人と深く関わろうとするとことも共通なのではないかと思うのです。
ほんとに大切なものを知って、大切にするための方法を学び、身に付けていくこと…実は、とても大切なことではないかと思うのです。


東大和火曜クラス  3回目6月20日

参加費 昼食付き各回7000円
時間 10時半~14時半(お昼時間を含む)

会場 東大和クラス…くるりん
     東京都東大和市南街6-11-2 

お問合せ&お申込み
くるりん 事務局




臨済宗妙心寺派 久保寺
坐禅会 毎月8日 PM7時~
06 | 2017/07 | 08
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QR
初心者向けのFXセミナー