ホスピス学校の講演を聴きに行ってきました

山梨県の甲府で行われた、ホスピス学校に行ってきました。
今日の講師は、内藤いづみ校長と、シスターの鈴木秀子先生です。
内藤先生は、「ホスピスのホスはホスピタリティのホス」ということを何度がおっしゃっていました。

ホスピタリティ?…
ネットで調べてみました。

『ホスピタリティとは「喜びの共有」という言葉に集約されますが、そこには「相手を幸福にするために自己の最善を尽くしきる」という考え方が根底になければなりません。』

日本語的にいうと、おもてなし…でしょうか?
私たちが持っている『死』というイメージと、ずいぶんと違うように感じます。
ホスピスという言葉のイメージは、死ぬ場所とか、ちょっと暗く冷たいイメージがあるのではないでしょうか?
でもおもてなしと考えると、暖かく、優しく、柔らかな明るさのイメージになりますね。

鈴木先生が、一番初めに出版した本は、「死にゆく者からの言葉」という本だそうです。



日本人は、「死」という言葉を忌み嫌うもので、不吉と考えるから、この題名は難しいとはじめ出版社から言われたそうです。
しかし、大切な内容でもあるので、賭けようということで、出版されることになった経緯があるそうです。
確かに、死についてはなすことは、タブーと思うことは多いのではないでしょうか?
「縁起でもない」と。
しかし、新聞でも紹介されて、話題にもなり、今では、テレビでも依頼があるそうです。

死は、この世に生を受けた以上、必ず訪れるものです。
それは誰一人として、免れることができません。
なのに、普段真剣に考えることもなく、まるで死なないように生活している人が多いと思います。
不思議なことに、「死」ということを身近に感じ、我が身のこととして体験して初めて、「今いかに生きるか」を真剣に考え、イキイキとした生を生きられるようになる感じがします。
本当に自分にとってなにが大切か…死を意識して初めて、本気で考えるという人も多いでしょう。

永遠に生きるような錯覚の中で生きていると、つい、目の前のことに振り回されて1日1日を終えてしまいます。
そこには、「生」の実感がないのではないでしょうか?
そして、「つまらない」「たいくつ」というような気持ちになってしまうかもしれません。

さて、鈴木先生は、「苦しんでいる人に寄り添う気持ちが、魂を満たしてくれる」とおっしゃていました。
そのためには、3つの絆が大切だと言っています。

1つ目は、自分自身との絆
2つ目は、他の人との絆
3つ目は、人を超える大きな力との絆

この3つの絆は、「愛と癒しのコミュニオン」という本でも書いてあって、鈴木先生の変わらぬ軸のように感じました。



この中でも、1つ目の自分自身との絆の大切さが印象的でした。
ユングの心理学でもあるように、わたしたちの魂は、奥深いところでつながっています。
なにか失敗したときに誰かが、自分を責めるというような自己否定の気持ちを持っていると、全人類のこころの温度が冷えるそうです。
例えると、小さなとげが指先にあるだけで、全身になにか不快感があるように、一人の気持ちが全人類のこころの温度に影響をあたえるそうです。
逆に、誰かが、たとえ失敗したとしても、自分を認めるような気持ちでいると、全人類の心の温度が上がるそうです。
誰かの自分への思いやりのある気持ちは、人々を暖かくするということです。
たしかに、優しい人といっしょにいると、なんとなく心が暖かくなる感じがします。
自分自身と喧嘩をしているような人は、他の人ともトラブルを起こしていることが多いっておっしゃってましたが、確かにその通りだなって思います。

なので、「あなたが変わると、知らないうちに周りが変わります。まずは、自分自身と仲良しになり、当たり前のことを認めてあげる。人はいいことがあるから、幸せになるのではなく、幸せだなって思うから、幸せなことが起こる」のです。

このことは、死にゆく人だけでなく、介護する人、治療家、カウンセラー、学校の先生、会社の管理職の方…そういった立場の方にとって、とても大切なのではないか…と感じました。

鈴木先生は、ご自身も臨死体験をしており、その体験からとても『死』を身近なものとして語っていただきました。『大丈夫、死ぬのは、辛い体験ではありません。身体の辛さはあっても、魂が満たされるような心地よい体験です。死は怖くはないのです。』…そんなメッセージをいただいたように思います。

内藤先生は、ホスピス医としての体験からのお話しでした。
ホスピス医の患者に対する最後の仕事は「死亡診断書」を書くことだけど、死亡診断書は、「試練にみちたこの世の卒業証書」だとおっしゃっていました。
「生を全うする」ということを何度もおっしゃっていました。
そのために、「仲良し時間」をいかに作れるか。人との仲良し時間、好きなことへの仲良し時間、愛着のある場所への仲良し時間…

その人にとっての幸せな場所、状況…やりたいことは、最後まで諦めずに、ちゃんと全うしなければいけなんだ。

そう死がすべての人に必ずくるのと同じように、内藤先生の話は、死ぬ瞬間まで、私たちは、生きるのだ…ということを思い出させてくれます。

『死ぬ瞬間まで、自分を生きることを諦めてはダメ、自分の生を全うしようよ。』…、内藤先生からは、そんなメッセージをいただいたように感じました。

最後の対談で印象に残ったのは、人生で抑圧したものを吐き出して、陰も陽も受け入れて、その人らしさをだし、バランスをとって完成されるのではないかという話です。
身体の痛みであれば、痛み止めも使える。でも、抑圧した気持ちは、痛み止めでも抑えられない。
その人が、抑圧していた、ネガティブな気持ちを言いだしたときに、家族が受けとめられないと、医者は麻酔を使うしかない。
そうなると、頭も朦朧とするので、抑圧した気持ちの吐き出しができなくなる。
家族が受け止められると、穏やかに逝ける…という話でした。

そうなると、死にゆく方のご家族の方は、「自分との絆」を深くして、自分に対する思いやりの気持ちを常にもっていないと、なかなか受け止めることは難しいなって思いました。

くるりんでは、ご病気の方本人はもちろんですが、ご家族の方を支えていくことのほうが多いので、とても参考になるお話しでした。
また、死にゆく方ばかりではなく、普通に生活をしてその中で、悩み迷っている方に対しても、同じだな…と感じました。

 

私が機能不全家族に対して思うこと

アダルトチルドレンと機能不全家族について、連続で書きましたが、本やネットの情報とほとんど変わらない内容を書きました。
書籍では、こちらを主に参考にいたしました。



今回は、私の個人的な考えを書いてみたいと思います。

機能不全家族と聞くと、ひどいDVがある家庭や、家族が不仲でバラバラな、悲惨な家庭のイメージをしています方が多いのではないでしょうか?
そう思ってしまうと、自分の育った家庭を考えてみても、普通な感じだし、機能不全家族とは、無縁のように思えてきます。
そして、あなたの家族は機能不全家族だと私に言われると、とても腹が立つか、すごく落ち込むかでしょう。

では完全に機能している家族というのはどういう家族で、どのくらい存在しているのでしょうか?
わたしは1人の人間と一緒で、完全なる家庭などはないのではないかと思っています。
逆に完全なる家庭があったら、それがそれ自体がマイナスとなってしまうのではないだろうか…?とそのように思っています。
どの家庭でも、なにかしらの機能不全な部分がある…。程度の違いはあるのだけれど…。
そして全く家庭として機能していない家庭もあります。

どの人も、人との距離感や、付き合いかた、コミュニケーションの仕方などは、両親の在り方から身に付けていくと思います。
両親の関係、親戚付き合い、ご近所付き合い…どのようにしているか…知らずに学んでいます。
両親に、不完全なところがあれば、それをそのまま学んでいきます。
両親が信頼関係を築くことが出来なかったのであれば、子供である自分も苦手であってもおかしくはありません。
例えば母親が父親の愚痴を言ったり、姑のことを悪く言ったりしていれば、子供である自分が、人に対して優しいとらえ方をすることが苦手になるし、パートナーのことを悪く思って、人にそのように話すようになるのは、当然です。
また、日常会話で、人の悪口で盛り上がるような大人になっても、当然と思えるでしょう。
しかし、両親の不完全な、機能していない人間関係をそのまま大人になっても変えることなく、続けていくと、場合によっては、トラブルになったり、友達やパートナーとの関係が悪化したりすることもあります。
その時代や、その地域では通用したことも、時代や場所が変わると、通用しなくなる価値観も多いです。
そこは、自分が社会に出て学び、乗り越えていく、自分の人生での課題、伸びしろでもあると思うのです。
私自身がそうでしたが、「自分で変えてきた。親とは違う。」と思っていても、幼い頃に身に付けたものはそう簡単にはかわりません。
まさに、三つ子の魂百まで…です。

いろんな方の悩みを聞いているうちに、感じたことは、その家族の習慣を変え、よりよくしていくきっかけをつくるのは、問題児と言われる子供たちです。
例えば、不登校だったり、引きこもり、働かずに親に寄生していたり、家で暴れたり、万引きなどの問題行動を起こしたりするような子供が、それまで家族の在り方に一石投じるのではないか…そんな風に思います。
もしかすると、家族のだれかの病気や先天性の問題のある子供かもしれません。
そこに直面したご家族が、自分の態度を見直し、改め、関わり方を変えていくことが出来れば、とても良い家族になっていけるのだと思います。
しかし、残念なことに、大抵のご家庭では、問題の当人にすべての責任を押し付け、その子さえ何とかなれば、その病気さえなくなれば、また幸せは戻ってくるのだ…と考えます。
しかしもともとあった幸せは、本当にあったのでしょうか?
そこを改めて、考えるきっかけを作ってくれるのが、家族の問題や病気だと思うのです。

機能不全家族であると受け入れ、アダルトチルドレンであることを認めることは、自分自身や家族の在り方を成長させ、より良い生き方へ歩みだす第一歩ではないかと思います。
「自分には関係ない」と思うことは、もしかしたら、自分の人生を本気で生きることや、さらなる成長のチャンスを逃しているのかもしれないのです。

 

機能不全家族は他人事?

アダルトチルドレン(AC)について前回書きましたが、自助グループのホームページに、ランドリーリストというのがありました。

ACのランドリーリスト

ひとつの項目でも当てはまるな…と感じたら、自分もアダルトチルドレン(AC)と思ってみてもいいのかもしれません。

では、アダルトチルドレンの育つ機能不全家族とは、いったいどういった家族でしょうか?

機能不全家族の例

・よく怒りが爆発する家族

・冷たい愛のない家族

・虐待のある家族・

・他人や兄弟姉妹が比較される家族

・あれこれ批判されるかぞく

・期待が大きすぎて何をやっても期待に添えない家族

・お金・仕事・学歴だけが重視される家族

・他人の目だけを気にする表面上良い家族

・親が病気がち・留守がちな家族

・親と子の関係が反対になっている家族

・両親のけんかの耐えない家族

・嫁姑の仲が悪い家族

等々

割とよくある家族ではないかと思います。
機能不全家族とは、普通の家庭の中にあります。
お父さんもお母さんも一生懸命に家族のために働き、家を切り盛りし、子供は、親の期待に応えようと頑張る…。
その中で、居場所のなさ、安心感がない、なんか息苦しい、辛い…そう感じる家族がいたら、それはもう機能不全なのです。

しかし、「アダルトチルドレン」「機能不全家族」と聞くと、ダメな人とか、ダメな家族とか、ひどい親とか…そいう、善し悪しの中で考えてしまうと、それは違うのと思うのです。

家族であっても、親子であっても、まったく同じ感じ方や考え方の人はいません。
だから、どんなに相手を想いやった行動であっても、相手を傷つけてしまうこともあるし、余計なお世話の時もあります。
それを自由に言えなければ、それはもう機能していないところがある…ということです。
相手を思いやって、「イヤ」と言えない事もあるでしょう。
特に親子関係の場合は…。

例えば、みんながうらやむ、仲のいい親子の場合、多くの場合は、子供が我慢をして、親に合わせている場合が多いです。
子供の方も長年やっていると、我慢をしている意識がない場合も多いです。
どこかでフッと、バランスを崩すことがあります。
多くの場合、「厄年」と言われるような時期に表れます。

・うつ病で急に会社に行けなくなってしまった

・どこも悪くないのに、身体がだるくて起き上がれない日が多くなってきた

・健康診断で、命にかかわるような重大な病気が発見された

・離婚や子供の不登校、問題行動など、家庭の深刻な問題

等々

特に最近の、人よりも優れているほうがいいという価値観が強い時代だと、子供なのに、大人びたことができるとか、しっかりしているとか、聞き分けがいいとか…、そういうことがいいという風潮があります。
子供時代は、ちゃんと子供らしく、しっかり子供をやっていないと、情緒面がうまく育たず、自己肯定感を獲得できず、しっかりしているようで、自信のない、生きにくい大人になっていきます。
そして、インスタ映えのような、人に受けることが正義となって、刹那的な生き方につながっていくと思います。
なにかがないと、「つまらない」と感じたり、テンションが上がらないとダメと感じたり、激しい刺激の中にしか生きている実感がわかなくなります。
そうなると、衝動的になったり、キレやすくなったり、人と忍耐強く信頼関係を育むことが苦手だったります。
そういう生き方は、若いうちはいいですが、年齢を重ねるごとに、しんどいと感じるようになっていくでしょう。

 

アダルトチルドレン?生きにくさを抱えている人へ

アルコール依存症や、買い物依存、薬物依存、過食傾向、恋愛依存、ゲーム依存など、何かしらの依存症がある場合はもちろんのこと、平凡に問題なく生きているけど、なんとなく生きづらさを感じている方は、アダルトチルドレンかもしれません。

幼少期に、情緒面や自己肯定感を十分に育んでこれなかった場合、生きるスキルや、コミュニケーション能力はあるけど、リラックスしていれたり、トラブル時でも「まぁなんとかなるさ」とデンと構えていられない感じがあります。
なので、ちょっとしたことも、とても負担に感じたり、ストレスを感じたり、緊張したり、苦手意識があったりと、「しんどいな」と感じることが多くなります。
人によっては、なんでもかんでも、生きること自体すらも、しんどいと感じているでしょう。
「つまんない」「たいくつ」「イラつく」…そのような表現を常にしている人もいます。

アダルトチルドレンは、もともと、「アルコール依存症の親の元で育った子供」のことを言っていました。
今は、機能不全家族の中で育ち、幼少期に過剰に大人らしく振舞うことを強いられた子供というような意味でつかわれるようです。
劣悪な環境で育つことで、情緒面や、人とのコミュニケーション、人との距離感、信頼関係…そういったことを育むことが出来ず、同じような特徴を持つ傾向があります。
チェックリストのサイトがありましたので、気になる方は覗いてみるといいでしょう。

【アダルトチルドレンの特徴&診断】あなたの行動チェックリスト

アダルトチルドレンの特徴を少し書いてみます。

・判断基準がいつも周囲にある。
 今この集団で期待されていることをする
 会社で期待されていることをする
 常識がきたいされていることをする
 「私はそう思う」というのではなく、「世の中とはこういうものだ」という。
 場の雰囲気や相手の顔色をみて、「NO」言えない
 周りやテレビのコメンテーターと違う意見を言えない。

・NOと言えない
 自分がイヤだと思っても、期待されるとうれしくなり、NOと言えない
 仲間外れにされるのを怖れて、NOと言えない
 断れない、期待を裏切れない
 何を頼んでもニコニコして不愉快な顔をせず、無理をしているという素振りを見せない

・いい子、いい人を演じる
 万人にとっていい人はいない
 いい人のふりをし続けると、どこかにひずみができ、破綻してしまう
 このくらいいいことやったから、このくらいはいいだろう…とモラルライジングが働きやすい
 疲れ切ってしまう
 どこかでぼろが出てしまう

・自分を責めてばかりいる
 「自分がだめだからこうなんだ」という思考法しかなかった
 いつも自分を痛めつけるように物事を考えてしまう
 自分が悪いから周囲に迷惑をかけていると思う
 誰にでもすぐに「ごめんなさい」とあやまってしまう
 自分が悪いと思えば、周囲がうまくいくと思ってしまう

・地に足がついていない印象をもつ
 漂ったり、浮いているように感じる人
 不思議ちゃんと思われるかも
 周囲と自分との愛他にいつも、紙1枚の隔たりがある
 現実味がないと感じている
 年齢不相応に服装が若い人
 生きている実感がない
 自分だけ別の世界にいるような感覚
 自分の行動を別のところからみているように感じる

・完璧な自分を心の中で描いている
 現実にはなにもしていないのに、自分は完璧にできていると思う
 夢に向かって努力しているわけではないのに、非現実的な大きな望みを持つ

・安定しない恋愛・人間関係
 相手が去ろうとすると追いかけて「あなたが好きなの」としがみつく、それが愛情だと思っている
 他人を常に自分にしがみつかせようとする
 自分を追いかけたり、しがみついたりする男にしか愛されている実感が持てない
 いつも「捨てるよ」という雰囲気を出しながら、子供にしがみつかせようと仕向ける母親
 「安定」というものがなく、親密になっても「見捨てられるのではないか」という恐れが常にある

等ですが、これらの特徴の中で、みえてくるのは「自信のなさ」でしょう。
自身のなさは、価値基準を周りに求めるので、ある意味、過剰すぎるくらいの、適応性があります。
会社や家庭の中で、評価の高い人になっていきますが、本人はそれを楽しんでいるわけではなく、無理をしています。
まわりから、うらやましいと思われる状況でも、かなりしんどい思いをしているのがアダルトチルドレンなのです。
出来る人に見えたり、余裕があるように見えたりしますし、そのように見せるのが上手なのです。

アダルトチルドレンの土壌、生まれ育った環境である、機能不全家族とは、次回書いてみたいと思います。

 

アルコール依存症とアダルトチルドレン

最近のいろんなニュースをみていると、以前書いた「モラルライジング」に関係しているな…と思われるものが多いです。

過去ブログ『モラルライジング』

その人のなかで、「こうあるべき」という考えが強かったり、物事の善し悪しを重んじるとか、責任感が強すぎると、このモラルライジングがはたらきやすくなります。モラルライジングは、気を付けようと思ってもどうにもならないくらい強い力をもっているようです。
問題は、「こうあるべき」という考えが強かったり、物事の善し悪しを重んじるとか、責任感が強すぎる人よいうのは、世間では『良い人』とみなされますので、良いことである…と認識いしている方も多いでしょう。
しかし、いい人というのは、アダルト・チルドレンと関係していることが多いのです。

アダルトチルドレンはとても生きにくさを感じているので、普通の人以上にストレスを感じやすく、ため込みやすく、しかもうまく人に相談することもできず、一人で悩みを抱えてしまうことが多いです。
そのストレスの発散のため過食になったり、買い物依存になったりと依存症になるケースも多いのです。
そしてアルコール依存症もその一つです。

最近のニュースで一番話題になっているのは、現役アイドルグループのメンバーの「無理矢理キスをした」事件ではないでしょうか。いろんな意見のある中で、私は、これだけの影響力がある人のこの事件は、『アルコール依存症』ということを世間に知ってもらうことにもなったのは大きな功績ではないかと考えています。
アルコール依存症の本人には、自覚がありません。(他の依存症もそうです。過食に気が付かない人は多いです。)
しかし、周りの方やご家族の方は相当悩んでいる場合が多いのです。
微塵も自覚していなかった方が、「もしかして自分もそうなのか?」とちょっとでも思うことがとても重要だと思っています。

飲酒の習慣のある方は、大手飲料メーカーのKIRINやアサヒビールの公式サイトにも掲載されている「スクリーニングテスト」でチェックしてみましょう。

飲酒習慣スクリーニングテスト(AUDIT)|お酒とうまく付き合う|CSV活動|キリン

アルコール症スクリーニングテスト AUDIT|人とお酒のイイ関係|アサヒビール

点数ごとの判定内容は以下の通り。
・20点以上:アルコール依存症が疑われる。
・10点〜19点:アルコール依存症予備軍。危険な飲酒、いわゆる「問題飲酒」をしていると認識されるライン。
・9点以下:危険の少ない、リスクの低い飲酒群。
・0点:非飲酒群。

ここに、、「こうあるべき」という考えが強かったり、物事の善し悪しを重んじるとか、責任感が強すぎる性格が加わると、モラルライジングが働き、「ちょっとくらいいいだろう」と、アルコールを完全に断つことや、「今日くらいはいいだろう」と節制することが難しくなります。
先ほども書いたように、このような性格の方は「アダルトチルドレン」である可能性が高く、「機能不全家族」の一員である可能性が高いのです。
自分の生まれ育った家庭が機能不全家族であるということを、ちゃんと自覚できる方はとても少ないです。
そうして、負の連鎖ともいえる、不幸な習慣が繰り返されていくのです。

私がスクリーニングテストをやってみたら、14点でした。
私自身、機能不全家族の中で育っているアダルトチルドレンですので、修行という厳しい世界に身を置いていなかったら、今頃は、依存症になる前に、肝機能障害でとてもまともな生活は送っていなかったと思います。
実際昔の私は、仕事依存症もありましたので、仕事のストレスと付き合いとが重なり、お酒の量は半端なかったです。
闘病ができていたらいいですが、自暴自棄になり、ろくに治療もしなかった可能性もあります。
血を吐いてもお酒を飲んでいたかもしれません。
「どうせ私なんてどうでもいい」
そのくらい、以前の私は気持ちがすさんでいました。
今でも、油断すると、ひょっこり顔を出すことがあります。

アルコール依存症は、以前は治らない部類の病気でした。
お酒を飲むことを我慢できないのは、その人の意思が弱いからでも、甘いからでもありません。
様々な試行錯誤の結果、治療の中に「信仰心」というものが入ってきて、治ることが可能になってきたという歴史があるようです。
欧米から発信されたことなので、ベースはキリスト教になりますが、今は、どの宗教でも対応できるような形になっているのかな…と感じています。(その辺の歴史はあまり詳しくないので、多少違っているかもしれません)

アダルトチルドレンは、両親に育んでもらえなかった幼い自分を、自分で癒していき、育てて大人にしていくことで、乗り越えていけるのだと思います。
例えば、小学生の頃、なかなかできなかったことが、高校生くらいになると、たやすくできた…という体験は誰でもあると思います。
子供のままで生きていくのは、とてもしんどいことです。
内面の子供っぽさを育み大人にしていくことで、生きることが少しずつ楽になっていけると思います。
子供を大人にするのは、とても手間がかかるし、骨の折れる作業です。
それは、リアルでも、内面であっても、なんら変わりがありません。

次回は、もう少しアダルトチルドレンについて書いてみたいと思います。

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プロフィール

くるりん 村上

Author:くるりん 村上
日本人が元々もっている内照するような感覚を日常に取り入れてみると、自分を客観視することができ、自分の考え方の癖に気がつき、見えてこなかった真実に気がついてきます。私たちのほとんどは、自分の人生を自分の足で歩いていないのです。世間体とか周りの人たちとか、みんな…という誰かの価値観の中で生きています。でも本来私たちは愛の存在であり、愛に包まれています。だから、私たちはもっと自由に自分らしく生きても、いいのです。
くるりんでいうところのインナーチャイルドとは?
ホームページはこちら。
http://kururin.wix.com/p-kururin

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